最近、急成長しているスタートアップが、スマホを活用した健康支援サービスを手掛けるFiNC(フィンク、東京都千代田区)。主要事業はダイエットを支援するスマホアプリや栄養士・トレーナーの派遣といったBtoC事業だが、システム提供やコンサルティングサービスを通じて、大企業の健康経営を支援するBtoB事業も手掛けている。フィンクはこれまでに、10社を超える大企業から出資を受けている。なぜ、大企業を魅了するのか。その秘訣に迫った。
「フィンクの強みの一つは、経営陣の人脈の広さにある」。そう話すのは、スマホを活用した健康支援サービスを手掛けるFiNC(フィンク、東京都千代田区)でBtoB事業を担当するウェルネス経営事業本部シニアマネージャーの岩本夏鈴氏だ。
フィンクの岩本夏鈴氏。協業する大企業には、ビジョンへの共感はもちろん、スピード感をもってゼロから何かを生み出すという「前例のないこと」をやり切る覚悟を持ってほしいという。
もっとも、経営陣の人脈は創業当初からあったわけではない。きっかけとなったのは、現在、代表取締役副社長を務める乗松文夫氏の入社だった。
乗松氏はみずほ銀行元常務で、14年にフィンクに入社する直前は東日本大震災の被災地で医療連携システムを構築するプロジェクトに関わっていた。フィンクのCTO(最高技術責任者)の南野充則氏の紹介で溝口勇児社長に会った乗松氏。「話を聞いて、面白い会社だとは思ったが、当初は社外取締役や顧問といった形で月2~3回関わることを考えていた」と振り返る。
一方で、「当時フィンクはスタートアップとして注目されつつあったものの、どうしても若手の集団ということで信用を得られず、資金集めに苦労しているようだった」と打ち明ける。フィンクが掲げる夢や理想を実現していくために、自分の金融知識や人脈が役に立つだろう――。「65歳も超えたところだし、この先の人生をフィンクに懸けてみようと思った」。そう乗松氏が決断するまでに時間はかからなかった。
乗松氏は入社後、日本興業銀行時代の後輩でありゴールドマン・サックス証券で本部長をしていた小泉泰郎氏をCFO(最高財務責任者)として招聘。さらにその後も、著名経営者らが社外取締役として次々と加わっていった。2016年には「FiNCアドバイザリーボード」を組織し、人材大手リンクアンドモチベーションの小笹芳央会長ら19人の著名人が脇を固めた。乗松氏の参画をきっかけに、人が人を呼んで信用力が強化されていった。
スケジュール設定からリリース文面まで“お膳立て”
その結果が、第一生命保険、明治安田生命保険、ANAホールディングス、吉野家ホールディングス、ロート製薬、キユーピー、カゴメなど12社に上る企業からの出資だ。BtoB事業では、パナソニックやNECなど多数の企業と共同開発なども行う。「オープン・プラットフォームという方針の下で業種を限定せず、ヘルスケア領域に関するできるだけ多くの企業と提携してフィンクのサービスを広げたい」(フィンク広報)との考えだ。協業先が増えると、協業先同士で競争が生まれ実現のスピードもアップするというメリットもある。
FiNCは、トレーナーや栄養士から指導を受けられるダイエットアプリを提供するほか、プライベート事務の運営、企業向けの健康経営支援コンサルティングなどを行っている。
フィンクに出資をした明治安田生命保険の場合は、出資をするとともに、中小企業向けの健康経営支援プログラムを共同開発している。2017年4月に策定した中期経営計画において、成長戦略の1つとして「先端技術等によるイノベーション」を掲げている明治安田。担当する企画部イノベーション調査室がヘルスケア関連で協業先を探している中でフィンクを知った。加藤大策室長は、「健康、予防、未病、治療、予後、死という一連の流れの中で、明治安田が求めていた『健康』というパーツにフィンクの目指すところがぴたりとはまった」と振り返る。
明治安田はフィンクと協業を開始する前の2016年9月、従業員2万人を対象に生活習慣改善アプリや食事指導サービスなどを提供して効果を調査する共同研究を行っていた。「実際にフィンクのアプリを使ってみると、予想以上にお節介だった。でも、お節介くらい介入しないと生活習慣は変わらないのも事実。きれいごとではなく誠実にサービス開発に向き合っている姿勢に好感が持てた」と加藤室長は評価する。
今年2月に共同開発について基本合意契約を締結。6月21日には中小企業向けの健康経営サービスの提供を開始した。「大企業は一般に、前例がないことを進めるのに時間が掛かるが、スタートアップは意思決定の速さや行動力こそ強み」(フィンクの岩本氏)。スケジュールに合わせてやるべきことを洗い出し、コンセプトからリリースの文面までたたき台を作って大企業に提示し、意見を請うのがフィンク流だ。
「ヘルスケアアプリは自前でも作れるが、あまたあるアプリの中で生き残ることは容易ではない。フィンクは競争に打ち勝つ技術力を持っている。一方の明治安田は、フィンクが十分開拓できていない50代以降や男性の顧客との接点を持っている。お互いの弱いところを補完し合える点で、協業のメリットを感じた」と明治安田の加藤室長は話す。
スタートアップと大企業は、経営への考え方や技術、人材、企業文化など、多くの違いがある。だが、そうした違いがあるからこそ、協業することで新たな価値を生み出すこともできる。フィンクと明治安田生命の協業は、その可能性を示唆している。
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