日経ビジネス7月3日号では「失敗しないスタートアップ 協業する大企業へ10の心得」と題し特集を企画した。今、あらゆる大企業がスタートアップとの協業に乗り出している。ジャパンベンチャーリサーチによると国内のスタートアップの資金調達額は2010年に比べ約3倍に増加し、16年に2000億円を超えた。スタートアップ投資の担い手として、これまでのVC(ベンチャーキャピタル)に事業会社が主に自己資金で設立するCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)が加わったことも資金調達額増加の要因だ。今回はこうした時流の中、昨年、CVCを設立した三井不動産と資生堂の例から大企業のスタートアップ協業の体制について探る。
スタートアップ育成の機運が高まり、東京都内を始め各地にスタートアップ支援施設ができた。今回、スタートアップの取材を進めるとそうしたスタートアップ向けのオフィスや協業スペースに赴く機会が増えた。別のスタートアップを取材したが、場所は同じだったことも何度かあった。
そうしたスタートアップ向けのオフィススペースを提供しているのが三井不動産だ。ベンチャー支援事業である「31(サンイチ)VENTURES」の中核事業で霞が関、神谷町、日本橋などで運営。ベンチャー向けに賃料を安く設定したり、イベントを開催したりするなど支援する。特に知名度の高い「霞が関ビルディング」内にある霞が関のオフィススペースは人気が高いという。
31VENTURESの歴史は長く、1991年には千葉県幕張地区にスタートアップ向けのオフィス運営を開始した。以後、ベンチャー向けオフィスを開設し、会員組織を設け、スペースだけではなく人材交流の点でも支援をしてきた。
ベンチャー支援の背景には、将来のオフィス需要を見込んでの戦略もある。ベンチャーが育ち企業規模が大きくなれば、いずれは広いオフィススペースが必要になる。オフィス移転時にいち早く物件を紹介するメリットがある。
だがそれだけではなく今後はスタートアップとの協業を進め、三井不動産の事業自体を強化する方針を打ち出した。同社は2016年2月、総額50億円のCVCファンドを設立した。ファンドは大手VCのグローバル・ブレイン(東京都渋谷区)が運営する。CVCを立ち上げたのは機動的に資金を提供してスペースと人材交流だけでなくさらにベンチャー支援を強化するためだ。いわゆるヒト・モノ・カネを揃えた形だ。
8つの分野を定め重点投資する
ベンチャー共創事業部の菅原晶部長は「従来のスペース、コミュニティーの提供に加えて資金と実証実験の場など三井不動産のアセットをワンストップで提供できるのが最大の強みだ」と話す。
不動産、セキュリティーなど本業に近いところからロボット、ライフサイエンス、環境エネルギーなど新規事業につながる可能性のある8つの分野に絞り重点投資する。投資ポートフォリオとも呼ばれるいわば投資の設計図をまず固めている。
今年6月時点で10社に投資。住宅の間取りシミュレーターサイトを運営するリビングスタイルや化粧品のナノエッグ、イスラエルのドローンベンチャーまで様々だ。菅原部長は「関係を深めるため出資に際してはリードを取る方針だ」と話す。ベンチャーに直接投資する以外に、ジャフコなど国内外4つのファンドにも投資してベンチャーの動向を探る狙いだ。
日本のCVCの問題点として競合を含めた他社と相乗りする形で少額出資することを指摘する専門家が多い。スタートアップとまずは情報交換をする、最初は少額で徐々に関係を深めるなど少額出資はスタートアップ協業を進める入口としては有効だがそこで留まっているケースが多いからだ。まして、競合と相乗りしてしまってはいずれ主導権を争うことになりかねない。
菅原部長は「リードを取った上で、三井不動産の本業と高い相乗効果が見込めるスタートアップは本社がM&A(合併・買収)する。そうした流れを作りたい」と話す。
ボトムアップでCVCを設立
化粧品大手の資生堂も昨年12月、社内CVC「資生堂ベンチャーパートナーズ」を立ち上げた。
投資枠は30億円。1号案件は利用者の健康状態に合わせてサプリメントを提供するシステムを開発するドリコス(神奈川県横須賀市)。今年6月にはさらに包括的業務提携の締結まで進めた。
資生堂のCVCは新規事業開発担当部署からのボトムアップで設立が決まったのが特徴だ。ビジネスデベロップメント部の柏尾権太部長は「当初はCVCを立ち上げる発想はなかった」と明かす。
ビジネスデベロップメント部は2016年3月に設立。M&Aや戦略的事業提携を進める機能を集中させた専門部署だ。資生堂は2010年に米国の化粧品会社ベアエッセンシャルを約1700億円で買収したが、その後は買収案件がなかった。
ビジネスデベロップメント部を設立後は米化粧品会社ガーウィッチを買収、伊ドルチェ&ガッバーナと香水などでライセンス契約するなど矢継ぎ早に動いた。
それでも柏尾部長は「化粧品業界は寡占が進み、M&Aをしたい案件が少なくなった。むしろ、スタートアップに投資をして新たなシーズを取り込む必要性が強くなった」と話す。魚谷雅彦グループCEOにCVCの設立を提案し承認された。
大企業のCVCが一種のブームとなる中、「ウチもCVCをやってみるか」と社長など経営陣の鶴の一声で設立が決まったという話をよく聞く。ある大企業のCVC担当者が「突然、経営層からCVCの責任者をやれと言われた。MBA(経営学修士号)を保有しているからできるだろうと言われたが、スタートアップ投資についてはノウハウもない」と困惑している生々しい話もあった程だ。
その点、ボトムアップで設立が決まった資生堂のケースは日本企業においては少ない事例と言えるかもしれない。
スタートアップ投資に対するノウハウ、投資の目利き力については専門人材を社内外から集めている。ビジネスデベロップメント部の8人の社員の多くは外部出身で、コンサルタントや金融機関から転職した社員や出向の弁護士などからなり、スタートアップの目利きも自社で手がける。
CVCからの出資はまだ1社だが、出資話を進めているうちにM&Aに発展したケースもある。スマートフォンで人の肌色を判定し、それに合ったファンデーションをオンラインで購入できるアプリを作成する米ベンチャー企業マッチコーに対し、当初はCVC枠からの出資交渉を進めていた。だが今年1月、CVC枠からの資金提供ではなく最終的にM&A担当部署が買収判断をした。
柏尾部長は「CVCは機動力を持っていち早くスタートアップとの協業体制を築く。最初からM&Aを目的にすると社内手続きなどで時間がかかるが、CVCを入口にしたことで結果としてM&Aが早く実現できた好事例だ」と語る。
「2020年後も残るCVCはたったの2割」
ベンチャー研究の第一人者、早稲田大学の松田修一名誉教授は「新たな投資家として大企業が加わり、『日本ではベンチャーは育たない』という状況は様変わりした」とCVCブーム自体は歓迎する立場をとる。
一方で「ベンチャー投資は10年単位の視点が必要。短期的な成果が出ずとも経営者が腰を据えてじっくり続けられるか、専任の社員をきちんと貼り付けられるかどうかなど企業の姿勢が問われる」と指摘する。
「2020年東京五輪・パラリンピック後には経済が落ち込むのではないかと懸念もある中、ベンチャー投資の方針をぶれずに続けられる企業がどれだけあるか。恐らく五輪後もきちんと機能するCVCは2割程度しか残らないのではないか」(松田名誉教授)
三井不動産と資生堂。それぞれ全く違うアプローチから立ちあがったCVCだが、投資目的を明確にし、社内の体制を整えている点で今後、CVCを立ち上げる企業にとって参考になるだろう。
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