ところが妻は言いました。

 「あなたは『失敗とは成功する前に諦めることだ。諦めなければ、必ず成功する』と言ってきたではないですか。開業して何日も経っていないのに、こんな弱気の発言をするのは、私の主人らしくない。あなたと私と婿夫婦が一丸となり、歯を食いしばって頑張れば、必ず道は開けます。私たちには失敗という言葉は存在しません。私は最後まであなたについていきますから」と。

 この妻の言葉に涙がにじみ出ました。

 採算が厳しい経営であるのは承知していたはず。こんなことでくじけてはいけない。弱音を吐いてはいけない。妻の言葉で本来の私らしさを取り戻し、最後まで頑張り抜くぞと決意を新たにしたのです。マネサール在住の日本人が顧客として期待できないのであれば、他地域からの顧客を呼び込めばいいのではないか。そう考えました。

 幸い、マネサールにはスズキ、ホンダ、デンソーという大企業が存在するのだから、マネサールを訪れる日系企業関係者も多いはずだ。また、マネサール近郊のバワールなどに勤務している日本人もお客様になっていただけるかもしれない。私はその可能性を探ることにしたのです。

10日間、電話とメールでひたすら勧誘

 わざわざ他地域から来店していただくためには何が必要なのか。そうだ、ブランドだと思った私は、他店と差別化できるレストランの「ブランド」の構築を決意しました。

 私たちのレストランの特色は、単身赴任者や独身者を対象にした家庭料理。そこで私は、①毎日食べても飽きない料理、②体に優しい健康志向の料理、③もちろん他店に負けない美味しい料理、④これを庶民的値段で提供する──という4つを看板にしようと考えました。これらをブランドに仕立てれば、他地域からもお客様にお越しいただけるかもしれない、と。

 家族全員でどのような料理を提供したら喜んで毎日食べていただけるか議論を重ねました。日替わり弁当・定食は同じメニューを月2回までとし、20以上のメニューを考案しました。このほか、カレーライス、ソーメン、とんかつ定食などのメニューも追加することにしました。

 妻と婿夫婦が試作品を作り、みんなで吟味して工夫を重ね、毎日食べても飽きない料理作りに注力し続けました。また、お客様の要望に耳を傾け、「メニューはお客様に作っていただく」という方針を決めました。

 宣伝にも力を入れる必要があります。私は長年インドに住んでいるので、知り合いの日系企業のトップが比較的多い。まず彼らに電話をかけまくり、その上で会社案内の電子メールを送り続けました。

 また、彼らから、さらに日系企業のトップの方をご紹介いただき、10日間、ひたすら案内と勧誘を続けたのです。商社勤務だった時代を含めて70年の人生でこんなに大量に電話をかけたのは初めてのこと。死活問題であるので、無我夢中でした。

顧客は増え始めたけれども…

 この効果は如実にあらわれました。お客様が徐々に増え始めたのです。しばらくすると、私たちのレストランの料理は安くて美味しいと評判になっているという話を聞くようになりました。噂を聞いて、遠隔地に住む日本人の方々も、マネサールを訪問したり通過したりする際にお立ち寄りいただけるようになりました。

 スズキさん、ホンダさん、デンソーさんの皆様も徐々にお越しいただけるようになったのです。ひょっとしたらレストラン経営は成功するかもしれないという明るい見通しも出始めました。

 ただし、そう甘くはない。

 昼食時間だけで60~80人にご来店いただけるようになりましたが、依然として赤字経営。他店では来店客数が50人以上になれば黒字が出ると聞いていましたが、当店は高価な有機野菜や高品質の食材を使っているので、利幅が薄かったためです。

 赤字経営から脱出するためには夜の営業が必要でありました。しかし、夜の営業をするには、お酒を提供するためのリッカー・ライセンス(LL)が必要。その取得はインドでは簡単ではないのです。複雑な手続きに加え、賄賂を払うのが常識化しています。ライセンス料は年間60万ルピー(約114万円)ですが、ライセンス料の倍以上の賄賂を要求されると聞いていました。

(次回に続く)

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インドビジネス40年戦記 13億人市場との付き合い方
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(中島敬二著、日経BP社、1600円+税)
 商社マンとして40年にわたってインドビジネスにかかわり、現在はインドに在住して現地で「師」と慕われる著者が、自らの実体験を振り返りながら、インドビジネスを成功に導く鉄則を解説する。
 私たち日本人には、インド人の思考パターンや行動パターンはなかなか理解しがたいところがある。道を尋ねると口から出まかせを言い、お金を貸すと返してくれないことも珍しくない。「考え方をころころ変える」「約束を守らない」「その場しのぎ主義」と見えることもよくある。
 一方、日本でインド人の優秀さが語られることも増えている。特にビジネスの世界においては、インド人の活躍が目立っていることはまぎれもない事実である。世界的な大企業のCEOに就任するインド人が増えていることは、その象徴であろう。
 私たち日本人は、インドの人々のことをあまりにも知らない。約束を守らないインド人と、世界企業のCEOになるインド人と、どちらが「本当のインド人」なのであろうか。