日本人スタッフを除いた固定費だけでも月50万ルピー(約95万円)を要するのに、1日の売り上げが2000ルピー(約3800円)では月6万ルピー(約11万円)程度の売り上げにしかならない。事業計画では最初の6ヵ月は毎月30万ルピー(約57万円)の赤字、次の6ヵ月間は毎月15万ルピー(約29万円)の赤字と計算して、270万ルピー(約513万円)の引当金を準備しましたが、このままで行けば毎月50万ルピー(約95万円)近くの赤字となり、6カ月経てば資金はゼロになってしまいます。

 不安というより恐怖心がどっと湧いてきました。

 前述したように、マネサールにはマルチ、ホンダ(二輪)、デンソーという大企業があり、私は日本人の駐在者がレストランのお客さんになってくれると期待していたのですが、そのあては外れました。

 私は、グルガオン在住のスズキ出向者20~30人がマネサールに移るとの情報を得ていました。そしてその通りになったのですが、あいにく移住先のサービス・アパートには日本食を提供する食堂があり、わが店のお客様になっていただくのは難しかったのです。

調査不足の自分を責めたが、遅かった

 ホンダさんは、関連会社がグルガオンに「一膳」という素晴らしい日本食レストランを開業し、社内食堂にランチ供給を開始しました。私はホンダさんの幹部の皆様とは比較的懇意にさせていただいていましたが、これでは私のレストランのお客様になってくださいとお願いすることができません。デンソーさんはマネサールに20人以上の日本人が勤務していましたが、インド料理が美味しい社内食堂があるので、大部分の方はここで昼食を取ります。

 かくして当初大いに期待していた三大顧客を当てには出来なくなりました。スズキさん、ホンダさん、デンソーさん以外のマネサールの日本人はわずか各社1~4人。平均で2人。その総数は40人弱であることがわかりました。このうち3分の1は社内食堂を利用し、3分の1は奥様のお弁当で、お客様となっていただける日本人の数は15人程度でした。

 この15人の大部分はグルガオンの日本食レストランから弁当を取っていたので、初日の弁当の注文数がわずか5個だったのも当然の結果。調査不足の自分を責めたけれど、もう遅かったのです。

経営するレストランの店名は「愛味」。インドで三世代同居する私の孫娘の名前をつけた
経営するレストランの店名は「愛味」。インドで三世代同居する私の孫娘の名前をつけた

「失敗はない」という妻の言葉に涙

 比較的楽観的な私ですが、70歳を目前として毎月多額の赤字が続いたら、わが家の財政は確実に破綻してしまいます。同居している2人の孫娘の将来を考えると、無理な冒険はできない。早くも開業1週後に、事業を続けるべきか、やめるべきかの選択を迫られた私は、「もはや、これまでだ」と観念し、妻、婿、娘に自分の軽率な決断を詫び、沈痛な思いで閉店を提案しました。

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