ただし、日系企業が多く存在するとはいえ、マネサールには日本人がほとんど住んでいませんでした。日本人は私が在住しているグルガオン(首都デリーの近郊都市)から通勤しています。グルガオンには多くの日本人が住んでいて、10軒以上もの日本食レストランが営業しています。

 デリーとグルガオンで日本食レストラン経営している知人にマネサールへの出店を打診したことがありますが、いずれも「中島さん、マネサールでの開業は無茶ですよ。日本人が住んでいないところで開業しても、間違いなく失敗します」と言われてしまいました。

 でも、たとえ日本人顧客が少なくても、何とかなるのではないかと私は楽観的に考えました。日本人コックを雇ったら採算が合わなくても、インド人コックならコストは安くなり採算が合う。私は300万円程度の金額を出資して、彼に小さなレストランを経営させようと思ったのです。

予想しなかった出来事が次々と襲う

 しかし、開業にこぎつけるまでの間、予想もしなかった出来事が次々と襲ってきました。まず、出店を依頼してきたビル側の事情で開業が困難になり、別の場所を探す羽目になったのです。さらには、そもそも私がレストラン開業を計画したきっかけになったコックは、結局、参加できなくなってしまいました…。おまけに、店の内装費用を計算したところ、約2100万ルピー(当時の為替レートで換算して約4000万円)も要することが判明しました。

 4000万円以上の金額を投資して、果たしてビジネスとして成り立つだろうか、いくら考えてもわからず、悩み・迷いが続きました。投資金額を果たして回収できるか。できたとしても何年かかるのか。将来を見通せない状態での決断を迫られました。

 以前からレストラン計画について相談していたインド人の友人は無担保・無利子で融資すると申し出てくれましたが、これはお断りしました。私は借金をしないことを信条としているためです。事業が失敗した場合、困るのは私の家族。家族に負の遺産を残すことは許されない。追加分は私が経営するコンサルタント会社から調達しました。

 幸いにも、グルガオンで来富(ライフ)という高級日本食レストランを経営している愛知県岡崎市の割烹料理屋店「重の家」の尾野社長から、全面協力を得ることができました。マネサールでの日本食レストランの顧客の多くは、男性独身者や単身赴任者なので、毎日食べても飽きない料理を提供するレストランをイメージしました。

「三大顧客」を当てにできなくなる

 開業後、従業員の訓練やサービス体制作りもあり、最初の1~2カ月間は「弁当販売」のみに特化することにしました。しかし、初日の注文数はたったの5個。

 弁当の代金は450ルピー(約855円)なので、1日の売り上げはわずか2250ルピー(約4275円)。初日だからこんなもんだろうと思い2日目を期待しましたが、注文がこない。売り上げはゼロ。3日目は5個。たちまち暗い気持ちになりました。

 その夜は眠ることができませんでした。

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