店舗運営部長の中島が「現場の状況を踏まえず、勝手に実験導入の話を進めた」として、待ったをかけた。咲間は必死にこの取り組みの全社的な意義を説明し、中長期的には個々の店舗の売り上げや利益への貢献にもつながると説得してようやく導入に納得してもらえたものの、実験導入に協力してくれるお店は、自分で探さなければならなかった。

 当初10店舗ぐらいに導入するつもりであったが、中島部長が言った通り、実証実験に協力を申し出てくれる店舗はなかった。それでも咲間は店長一人ひとりに頭を下げて回り、ようやく銀座店の店長から協力の約束を取り付けることに成功したのだった。

 ところが、話はそこで終わらなかった。

 店長や店員と打ち合わせを繰り返し、ジャックの対話機能を強化して、翌週には実験を始める段階までたどり着いた時、店のメンバーから「実験の開始と同時にプレスリリースを出して、ロボットのことを世の中に広めてはどうか」というアイデアが出た。咲間が見よう見まねでリリースの原稿を書いて、本社の広報部に持っていくと、広報の担当者は原稿をちらっと見て、こう言った。

 「咲間さん…でしたっけ。ちょっと申し上げづらいんだけど、この内容ではプレス発表するほどのニュース性はないように思いますね。確かにレジロボというのは新規性があるかもしれないですが、具体的にどんな機能があるか書いてませんし、ロボットのレジを導入します、だけではちょっと…」

 「レジロボの機能を具体的に書いてしまうと、店舗でその反応を体験した時の驚きが半減してしまうので、詳細は書けないんです。何とかなりませんか?」

 咲間が慌てて聞き返すと、広報担当者は淡々と答えた。

「確かに、ネタバレになってしまいますね。でも、難しいなあ。部長が何と言うか。この原稿に朱入れさせてもらってから、部内で協議してみます。でも、すぐには無理ですよ。今ちょっと別件の対応が立て込んでいるので、それが落ち着いてから役員に回覧して内容を固めます。それからメディアにも声をかけてとなると、1カ月程度見ておいてください」

「1カ月も、ですか?」

 プレスリリースを出すだけでそんなに時間がかかるとは、まったくの予想外だった。咲間はがっかりしたが、店舗現場の士気や社内関係各所の理解を優先し、1週間後の実験開始をさらに1カ月延ばすことにした。結局、企画から5カ月もかかって、ようやく実証実験はスタートしたのだった。

高評価の裏側で

 レジロボ「ジャック」の実証実験は、SNSで拡散されたこともあり、後半にはメディアからの取材が入り、かなりの好評を博した。咲間は、Jロボットの山下と現場に張り付き、対応に追われ疲れていたが、まずまずの集客効果に「よしっ、これで全店導入にもっていけるかも」という手応えを感じていた。

ところが、来店客アンケートを見てみると、以下のような不評も目についた。

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