飲みかけのジュースを突然テーブルに叩き付けて立ち上がった咲間を、周囲のテーブルの客が驚いた顔で見つめていた。だが、彼女はそんなことも気に留めず、あわててカバンからノートを出してアイデアをメモしはじめた。

「お店に来ないと味わえない楽しさ、驚きを」

 サプライズ・ラボの主催したアクセラレータープログラムで、咲間は協業先として選定された4社のうちの1社、「J-ロボット」を担当することになった。

 J-ロボットは、大手電機メーカーでロボットの研究をしていた山下実が退社し、「日本発のロボット技術で世界を豊かに」を理念に掲げて3年前に設立したスタートアップだ。J-ロボットは高さ80cm、幅40cm、奥行き40cmの箱型のロボットで、相手の方向を声で識別するセンサーや音声認識AI(人工知能)を搭載しており、動き回りながら会話をすることが可能で、前面にはタッチパネルも備えていた。

 社長の山下の提案は、このロボットを店舗で使えないだろうかということだった。

 さっそく咲間と山下のチームは、デザイン思考ワークショップでサプライズ社の展開するアイデア文具やアクセサリーの販売店「ジャック・インザボックス」の来店客の観察やインタビューを繰り返し、顧客の不満や期待を探した。

 そこで分かってきたことは、顧客から見た「店舗」という場が思った以上に魅力を失っている現実だった。

 「ジャック・インザボックスでは、必要なものが買えさえすれば良い」

 「別に、お店で楽しさとか驚きとか感じたこともないし、そんなことも期待していない」

 顧客の平均店内滞在時間は、長くても15分。お店に入って目的の商品を買って帰っていく顧客が大半で、咲間が所属していた商品企画部が考えていたキャンペーンなどは、大げさに言えば「見向きもされていない」という状況だった。

 「うちの会社、『楽しく学び、楽しく働く』とか『お店で驚きの体験を』とか言っている割に、結局最後はおじさんたちが商品や販促の企画をしていて、ぜんぜん楽しさも驚きもないんですよね…」

 打ち合わせのたびに愚痴る咲間に、山下は苦笑いしながらこう切り返した。

 「じゃあ、咲間さんがこういう販促があったら驚くなっていうアイデアを出してくださいよ」

 とはいえ、咲間にもそんな秀逸なアイデアがすぐに出てくるわけでもなく、そこで口ごもってしまうのだった。

 「お店に来ないと味わえない楽しさ、驚きって、なんだろう…」

ディズニーランドの踊る清掃員から得たヒントを企画化

 しかし、ワークショップの3日目、ディズニーランドから帰ってきた咲間は、それまでとはうって変わったように、山下に自分の考えついたアイデアを説明し始めた。

 「普通のレジみたいに見えるロボットが、お客さんに話しかけたら面白いんじゃないでしょうか。時には店員と掛け合いとかもしながら、なんか面白いことを言ったり、ときどき踊ったりもするって、どうでしょうか?」

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