「内川さん、ちょっと待って。これまで一般消費者のインタビュー結果で面白い仮説が立っていて、黒崎さんもそれを想定してデモアプリ作ってたよね? だったら、こっちの社内の都合というだけでそのアイデアをひっくり返しちゃダメだよ。社内の通し方を考えるのは、事業の立ち上げにメドが付いてからね」

 浅沢は、ちらっと高木のほうにも視線をやりながら、話を続けた。

 「新規事業を立ち上げる時には、とにかく顧客の抱える課題とその解決だけを徹底的に考えるべきです。世の中の新規事業の失敗のほとんどの原因は、想定していた市場がなかったからではなく、さまざまな横やりのせいで、経営チームが事業立ち上げの中で顧客の課題解決にきちんと向き合い続けられなかったからなんですよ。ここ、忘れないでくださいね」

 高木は、内川が自分の名前を出さなかったことに安堵したのか、浅沢の視線にも気づかず、目をつぶって腕組みしながら、浅沢の話にしきりにうなずいていた。

 「分かりました、浅沢さん。提案は、当初の一般消費者向けに戻して黒崎さんと作り直します」

 そう答えた内川は、高木の様子に苦笑いしつつも、新規事業プランの内容を元に戻すことで、せっかくできた黒崎との信頼関係を壊さずに済むことになったのが少しうれしかった。

経営陣へのプレゼンテーション

 ワークショップの最終日は、サプライズ社の役員会でのプレゼンだった。採択されたスタートアップ企業の経営者とサプライズ社の社員がともに新規事業について提案する。聞き手は、社長の山崎信之をはじめとする同社の役員5名。山崎以外の役員は、先代社長である山崎の父親とともにサプライズ社の創業初期から在籍しているメンバーばかりで、山崎はその中で最年少だった。

 全体の司会進行を務める浅沢の合図で、内川と黒崎のプレゼンが始まった。最初は黒崎の自己紹介と、スペースクリエイション社の技術を用いたリフォームアプリのデモだ。

 「 弊社のAR技術は、スマートフォンで写真を撮影するだけで、その写真に写った空間をコンピュータ上に3次元のパース図を生成することができます。パース図というのは、立体の透視図面です。この技術を使って、自分の部屋の中を撮影し、間取り図を描きます。たとえば、このテーブルと椅子をこのように撮影すると……」

 黒崎が、役員会議室の一角にある高級な調度品が置いているテーブルと革張りのイスを、持っているスマホで撮影してみせた。撮影した写真が、プロジェクターの画面にでかでかと表示される。

 「撮った画像を指定して、このように動かすと、部屋のテーブルと椅子のサイズが測定されてパース図ができます。そうすると、壁の色やカーテン、テーブルの場所にソファを置きたいといった時に、その場所に実際にある商品の仮想モデルが配置されて、大きさや模様などが全体のデザインとフィットするかどうかを確認できます。ほら、こうしてみるとこのカーテンの模様は、このソファにはちょっと合わないことが分かりますね……」

 山崎のほか、数人の役員は黒崎のデモを食い入るように見ていた。