(写真:PIXTA)
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 企業がオープンイノベーションを起爆剤にして新しいビジネスを興す場合、もっとも配慮が必要なのが、スタートアップなど外部の人たちとの関係の作り方だ。極めてよく指摘されるのは「既存企業が外部協業相手を下請けのように扱う」ことだ。
 本連載では、架空の典型的な日本企業である文具・事務用品メーカー「サプライズ社」が、様々な落とし穴でつまずきつつ、担当者が起死回生目指して奮闘していく軌跡を描いていく。2回目の本稿は、協業相手の選び方と、人間関係のつくり方について。
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 「うちと一緒にビジネスをしたいという企業が、世の中にはこんなにたくさんあるなんて、考えたこともなかったな。さて、どれを選べばいいのやら…」

 文具・事務用品メーカーのサプライズ社ではこの日、デジタル新規事業企画室、通称「サプライズ・ラボ」のメンバーによる会議が開かれていた。6月から「サプライズ・ラボ担当サブリーダー」という、カタカナだらけの肩書きに変わったばかりの高木が、少しうわずった声でつぶやいた。高木の目の前のテーブルの上には、厚さ3センチ以上はありそうな書類の束が積まれている。

 「では皆さん、まずはここにある50件すべての提案に目を通して、明後日の朝までにそれぞれ面白そうだなと思うものを10件ほど選んできてください」

 ラボのリーダーに就任した浅沢は、こともなげにそう言った。

 こんな分厚い書類を、明後日の朝までに全部? しかもその中から面白そうなものを「選べ」ですって? いったい何を基準に?

 ラボのメンバーとして招集された2人の若手社員のうちの1人、咲間香枝の頭の中は、浅沢の無茶な要求に対する疑問符でいっぱいになっていた。とはいえ、言われたとおりやってみるしかない。彼女は目の前の紙の束をつかんで、自席に持ち帰った。

イノベーションの主役はスタートアップだ

 サプライズ社の社外からデジタル分野の新規事業立ち上げに抜擢された浅沢と、同社の文具事業部で営業企画をしていた高木は、提案をまとめて社長の山崎に進言した。その提案とは、「アクセラレーター」の手法を用いて、社外のスタートアップを自社の経営資源(顧客基盤、技術ノウハウ、ブランド、資金など)をもとに支援し、協働して新規事業を立ち上げるというものだった。

 山崎は2人の提案を即決で認め、社長直轄で「サプライズ・ラボ」という組織を新たに置き、そこに2人の若手社員を専任で異動させるよう指示した。そうして高木に選ばれたのが、営業企画部で高木の部下だった内川博史と、文具で商品企画を担当する咲間の2人だった。

 咲間は大学でデザインを専攻したのちに新卒でサプライズ社に入社。商品企画に配属されてこの春でちょうど3年が経ったところだった。自称、「デジタルの『デ』の字も分からないアナログ人間」であったが、好奇心だけは人一倍旺盛で、どこかの店に面白そうな商品やサービスを見かけたと聞きつけると、自分で飛んでいって見たり触ったりせずにはいられない性格だった。

 サプライズ・ラボにメンバーを集めると、浅沢と高木はさっそくアクセラレーターの準備に取りかかった。浅沢はまず人脈を駆使し、IT起業家や元ベンチャー投資家などネット業界の有名人数人に声をかけて、彼らをアドバイザーに起用した。そして、「サプライズ・ラボ」のウェブサイトを作成して立ち上げると、そこにアドバイザーたちの名前を載せて、スタートアップ企業の募集を開始するとのニュースリリースを発表した。

 ネットの有名人がアドバイザーに名を連ねたサプライズ・ラボの話題は業界で一気に広まり、スタートアップ企業から次々と問い合わせが入り始めた。最終的に応募してきたスタートアップ企業はEC(電子商取引)、画像処理、位置情報ゲーム、フィットネス、AR(拡張現実)アプリ、接客ロボット、仮想通貨など、さまざまな分野の企業50社以上にのぼったのだった。

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