「TPP」か「2国間交渉」かの二者択一ではない

 また、「環太平洋経済連携協定(TPP)と2国間貿易交渉の板挟み」「TPP vs 2国間」といった構図で報道するメディアも多かった。こうした報道にも注意が必要だ。TPPと2国間が二者択一であるかのように思い込んでいるようだ。

 忘れてはならないのは、昨年2月の最初の日米首脳会談だ。TPP離脱を表明したトランプ政権と議論になったのが、TPPと日米2国間への向き合い方だった。その際の共同声明を振り返ってほしい。

 「日米2国間の枠組み」と「日本は引き続きTPPを推進すること」の両方を併記している。これを噛み砕いて言えば、日本が(将来の米国のTPP復帰を期待して)TPPを進めることは米国としては邪魔はしないが、同時に日本は米国との2国間協定にも取り組むことが合意されているのだ。「枠組み」という言葉は「協定」とはっきり言いたくない時の常套文句だ。

 その結果、TPPを進めるうえで支障にならないように、タイミングを計りながら日米2国間にも取り組むことになる。

 その2国間の枠組みも、まず中身が大事で、例えば、農業、自動車など双方の関心事項を詰めることから始まる。トランプ大統領も関心は「実利」であって「協定という形」ではない。アピールしたい支持者たちは、牛肉がどうなるかに関心があるが、それが自由貿易協定(FTA)かどうかには関心はまるでない。

 「2国間協定とは言ったがFTAの言及はなかった」という報道もあった。これは事実であるものの、当然のことだ。米国が日本に対して今、交渉の「入り口」段階でFTAと敢えて言う実益は全くない。欲しいのは牛肉の関税引き下げであって、FTAではない。FTAは牛肉の関税引き下げを具体化するための単なる「手段」「形式」に過ぎないからだ。

 そして交渉の「出口」ではFTAになっているというのが米国の理解だろう。

 ライトハイザー代表が約2週間前に「日米はFTAをすべきだ」と公言したばかりなので、日本のメディアもFTAという言葉を言ったかどうかにばかり注意が行くのだろう。しかしそれは本質的な問題ではない。

政治日程を睨んだ首脳会談の“仕立て方”

 米国は自動車問題を交渉カードとして言ってきていること、米国の本丸は牛肉などの農業であること、そのためにFTAという形式が必要であること、などについては前稿(「米欧休戦」から読む、日米貿易協議の行方)で述べたので、ここでは繰り返すことはしない。

 9月の自民党総裁選、その後に予定されている日米首脳会談、そして11月の米国中間選挙という日米の政治日程を考えると、安倍総理も総裁選が終わってから、日米首脳会談で「農業カードをどうするか」の決断をするのは自然だろう。

 日本の政府内も様々意見があるが、仮に前稿で述べたような「TPPをベースにした日米2国間の経済連携協定(EPA)案」を目指すにしても、TPPが発効するまでは他のTPP参加国が疑心暗鬼になることは避けたいところだ。

 そこで、それを来年に向けての目標としながらも、その“手付金”として「牛肉関税のTPPレベルまでの引き下げ」を当面の成果に“仕立てる”ことも考えられる。その際には、米国に“いいとこ取り”されないよう、当然、TPPで合意した米国の自動車関税の撤廃もパッケージにする必要がある。

 ここで、どのように“仕立てる”かの知恵が大事になる。

 先般の米欧首脳会談から得られる教訓は、いかにトランプ氏の成果に仕立て上げることができるかがポイントだということだ。大豆と液化天然ガス(LNG)についても輸入拡大を約束したかのように報道されているが、共同声明をよくよく読めば、「大豆の輸入拡大に両国は取り組む」としか言っていない。トランプ大統領が選挙民に向けて「EUに約束させた」と成果を誇示しているだけだ。

 いずれにしても9月の首脳会談までに、こうした綱引きが激しく繰り広げられることになる。

自動車の管理貿易はあり得ない!

 なお、自動車については、最近ハガティ駐日大使が日本の対米輸出の数量規制を日本の関係者に持ちかけているとの話も飛び交っているので、付け加えたい。

 関税引き上げを脅しにして、「対米輸出の数量規制」に持ち込む。これは鉄鋼の輸入制限に関して米韓FTAの見直し交渉で行った米国の手だ。安易にこうした管理貿易に手を染めた結果、韓国は今、悲惨な状況に追い込まれて悲鳴を上げている。ここでは詳述しないが、韓国からは「これでは関税引き上げを飲んだ方がマシだった」との後悔の声も聞こえて来る。

 かつて80年代に日本も半導体で数量規制に一歩踏み込んだ途端に、米国は傘にかかって攻めてきた苦い経験もしている。

 日本の通商経験者には「管理貿易の怖さ」が骨の髄まで染み込んでいて、それを飲むことはおよそあり得ない。米国の大使にはその深刻さへの理解を求めたい。