
8月9~10日(米国現地時間)の2日間、日米の新通商協議(FFR)の初会合が米ワシントンで開かれた。
日本のメディアは大挙してワシントンへの同行取材を実施したようだ。ただ、その報道ぶりには首を傾げたくなる面もあった。正しく状況を理解するために、敢えて報道のあり方にも触れてみたい。
「木を見て森を見ず」の報道
まず、FFRの初会合後、メディアには次のような見出しが躍った。
「自動車、農業は折り合わず、先送り」
「全面対立は回避」
昔から日本の報道は日米交渉になると、「対立」「圧力」という言葉が躍って、こうした捉え方をしがちだ。
日米関係も長年、凪状態だったので、激しい貿易交渉を経験しているメディア関係者もほとんどいない。そうすると、こうした貿易交渉のプロセスに関する相場観も持てずにいるようだ。さらに、この会合にしか目が行かず、「木を見て森を見ず」になってしまう。
結論を言えば、FFRはまずは順調な滑り出しだった。
これはあくまでも協議の初会合だ。交渉の定石として、まずは時間軸と議論のスコープのすり合わせを行うものだ。当面のターゲットは9月後半に予定されている日米首脳会談である。そこでどういう目に見えた成果を出すかということに、恐らく共通認識を持ったのだろう。
今回は、日米双方が土俵に上がって1回目の「仕切り」をしただけだ。「仕切り」は、双方が優先したいこと、要求の意図を相手方に伝え切ることから始まるものである。今回の初会合で、最初からなんらかの合意をしたり、具体的な成果が出たりすると考える方がおかしい。何回かの仕切りを繰り返して、「立ち会い本番」である9月後半の日米首脳会談の直前が交渉のヤマ場になるだろう。
「協調ムードを演出」は当たり前
また、「協調ムードを演出」といった解説も多かった。
これも当たり前だ。最初から交渉にけんか腰で臨むわけがない。信頼できる交渉相手に見せるのは、交渉者として当然の振る舞いだろう。茂木敏充経済再生担当大臣もライトハイザー米通商代表部(USTR)代表も交渉の基本を忠実に守っているに過ぎない。仕切りを重ねて次第に顔が紅潮していくように、首脳会談という「立ち会い」直前に激しくぶつかり合うのだ。
7月末の米欧首脳会談もまさにそうであった。首脳会談直前にライトハイザー代表はマルムストローム欧州委員(通商担当)に対して激しい要求を繰り返すばかりだった。
ただ日本政府としてはどうしても押さえておきたいことがあった。
EUは米欧首脳会談での合意で、「今後、交渉中は自動車関税の引き上げを行わない」という確約を米国側から引き出せなくても、そう解釈できる文言を合意文書の中に入れることに成功した。日本も少なくともEUと同じ状況にしておきたい。それが、日本が米国に持ち込んだ「信頼関係に基づき協議を続けていく」との文言だ。
協議中は自動車関税の引き上げなど信頼に背くことはしない、ということを暗に意味している。最終的に自動車関税もトランプ氏の判断次第でどうなるかは分からないものの、当面の安心材料を得たいということだろう。
米国は当初、「協議は2時間だけ」と提案
米国から見る視点も必要だ。
交渉は相手方から見る目も必要だ。日本からだけ見ると、日米交渉は日本の今後を大きく左右する一大イベントだ。しかし米国から見ると当然のことながらそうでない。
ちょうど日米協議が行われていた頃、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉がヤマ場を迎え、ライトハイザー代表はワシントンを訪れているメキシコの経済大臣と激しい交渉をしていた。まさに協議の掛け持ちをしていたのだ。しかもトランプ政権にとっては、NAFTAの再交渉の成果の方が中間選挙対策としても優先度が高い。物事を相対化して見ることも必要だ。
7月末には米欧首脳会談があり、それを受けてEUとの交渉も今月予定されている。米欧、NAFTAの交渉を抱えて、USTRもマンパワー不足でパンク状態だ。日米協議の事前準備もほとんどできず、当初7月に予定されていた初会合がずれ込み、日本の要望で今回、やっと開催にこぎつけた。
本来、閣僚レベルの協議を行う時には、事前に事務レベルで議題、内容についてすり合わせをしているものだ。しかし今回はそれもなく、ぶっつけ本番で、米国の出方も事前に掴めず、日本も出たとこ勝負だった。
今回、茂木大臣とライトハイザー代表がまず2人だけで話す場を持ったのもそういう事情からだ。
ライトハイザー代表もNAFTA交渉があることから、当初日米協議は「初日の2時間だけ」と言ってきて、日本政府関係者は唖然とした。
何とか2日目を行うことで、双方の主張内容をきちっと伝え、今後の段取りの共通認識を作るといった初回としての最低ラインは何とか確保したようだ。
にもかかわらず、日本のメディアの中には、「9日の協議は決裂を避け、ひとまず10日に延期したが、米国がさらに強硬な要求をしてくるリスクはある」と、米国側の事情も理解せずにこうした報道をするところもあった。
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