長屋氏は、トヨタ自動車でレクサスブランド企画室長やトヨタデザイン部長を歴任した人物。トヨタ自動車で高級車「レクサス」の初代「LS400」やセルシオなどのデザインを担当。その後2005年にはレクサスブランド企画室長として、ブランドの品質基準の確立に携わった。

 トヨタ自動車時代、長屋本部長が国内でのレクサスブランド立ち上げ時に手がけたのが、「レクサス・マスツ」と呼ばれる500の感性品質基準の策定だ。レクサス・マスツは、形にまつわるルールのみならず、車内インテリアのコンソールボックスの開閉スピードやドアの開閉音、エンジン音、光の使い方やディーラーでの香りに至るまであらゆる細部に定められた基準である。いわば長屋本部長は、顧客がレクサスを通じて得る体験すべてをデザインした人物と言っていい。

 その後、トヨタデザイン部長などを経て、2014年1月にヤマハ発動機に出向。7月に同社へ転籍した。トヨタ自動車とヤマハ発動機は部品などの供給で取引関係や若干の資本関係があるが、それぞれ独立した別会社。デザイナーの人事交流も今回が初めてという異例の人事だった。ヤマハ発動機側からの強い要望を受けて実現した人事だったと言う。

 ヤマハ発動機の柳弘之社長自身、さまざまなインタビューの場でデザイン力の強化に力を入れることを宣言しており、もともとデザインに対する思いは強い。

デジタル技術を活用してデザインを先行

 ただヤマハ発動機は、かつてはデザインを子会社や外部の協力会社に任せ、インハウスのデザイン部門がなかった企業だ。そうした中で2012年にデザイン本部を新設。同社の子会社でスクーターのデザインなどを手がけていたエルムデザインの事業を社内に移管するなど、デザイン部門の構造改革を進めた。

 デザイン本部長として長屋氏がまず実施したのが、これまであった「立体デザイン部」「カラーリングデザイン部」「デザイン推進部」という3つの部門を再編し、製品デザインを推進する部門とは別に「コーポレートデザイン部」という組織を作ったことだ。ここは同社の全事業のデザイン戦略を立案する部署。先行デザインを開発することで、ヤマハ発動機の商品全体のビジョンやシナリオを目に見える形で誰もが分かるよう表現し、リードしていく部隊。先に紹介したさまざまなプロトタイプは、このチームが開発をしてきた。

 その特徴は、デザインをCADで素早く作り上げ、大型スクリーンやVR(仮想現実)機器を使ったデザイン検証ツールを駆使して、クレイモデルなどを作らずにデジタル環境だけで開発する体制だ。その結果、プロトタイプを極めて短期間で作り上げることができる。

 まずは高速でデザインを生み出して、それを世に問う。それが受け入れられれば、今度はクレイモデルなどを使い、実際のディティールを詰めるのは、それからでいい。そんなメリハリの利いた開発が、同社のブランディングを支えている。

 ヤマハ発動機は、2016年12月、デザインの開発と先行デザイン研究の拠点となる新しいデザイン棟を、静岡県磐田市の本社敷地内に建設する。地上5階建てで、技術者とデザイナーが一緒にモデル制作するためのクレイモデル室や、デジタルデザイン開発設備など、最新のデザイン環境を備えてブランディングとイノベーションを加速させる デザインが持つ、未来を形にして可視化する力は、これからのイノベーションを語るうえでは欠かせない経営資源になってきている。

日経BP社は7月25日(月)~29日(金)、「D3 WEEK 2016 ~デジタル×データ×デザイン──未来はここから始まる~」というイベントを六本木アカデミーヒルズ(東京・六本木)で開催します。日経デジタルマーケティング、日経ビッグデータ、日経デザインの3誌が協力して、およそ100の先進企業の事例講演、パネルディスカッションなどを実施。デジタル×データ×デザインが可能にする全く新しいイノベーションを“体感”できる5日間です。ぜひ、その詳細を公式サイトからお確かめください(こちら)。