創業から9年で会社評価額3兆円の企業にのし上がったエアビーアンドビーも、その成功までには何度も大きなトラブルや困難にぶちあたった。エアビーアンドビーで部屋を借りたら人種差別にあった、ホスト(貸主)から暴行された、部屋を貸したら麻薬パーティに使われたなどのトラブルが大きな問題になったこともある。
特に世界的なニュースになったのは、2011年6月にサンフランシスコで発生したトラブルだ。「EJ」と名乗る女性が、ブログでエアビーアンドビーでのトラブルを記し、世界的なニュースとなって炎上したのだ。EJの持ち物はすべて壊され、煙突のふたを開けずに暖炉でものを燃やされたので部屋中が灰だらけになった。カメラもコンピュータも祖母の形見も盗まれたという。
当時のエアビーアンドビーのユーザーサポートはメールアドレスしか書かれておらず、対応は後手に回った。そうした経緯をEJは冷静にブログに書き、それをメディアが取り上げ、大きな炎上となった。そしてこの炎上に火を注いだのは、創業者たちの不慣れな対応だった。彼らはどんな失敗をして、そこから何を学び、どう立ち直ったのか。エアビーアンドビーを追ったノンフィクション『Airbnb Story』から、一部を抜粋して紹介しよう。
エアビーアンドビー共同創業者のブライアン・チェスキー。世界的炎上騒動にいかに向かい合ったのか。写真は2017年のもの(写真:ロイター/アフロ)
(以下『Airbnb Story』より抜粋)
ほぼ1カ月のあいだ、この話はほんの一握りの人しか知らなかった。しかし、EJのブログがハッカーニュースに取り上げられると、話は拡散した。エアビーアンドビーの社内は揺れた。これほどの危機は今までになく、備えもなかった。
共同創業者のブライアン・チェスキー、ジョー・ゲビア、ネイサン・ブレチャージク、経営チーム、ほかの地域から飛んできた人も含めた顧客サービス部門全員が、それから数週間は24時間体制で会社に泊まり込んだ。社員はエアマットをオフィスに持ち込んだが、その皮肉を面白がる人はいなかった。創業者の3人は、アドバイザー全員に助けを求めた。
一番新しい投資家のマーク・アンドリーセンは仕事を2つのシフトに分け、ゼネラル・パートナーで今回取締役になったジェフ・ジョーダンが昼間を受け持ち、マーク・アンドリーセンが夜を受け持つことにした(巨額調達が発表されたばかりの時期で、そのニュースに注目が集まっていたために、EJの話が取り上げられて拡散したのだろうと感じた人は多かった)。
しかし、この危機にどう対応するかについての意見はバラバラだった。責任を認めれば、クレームがさらに舞い込むと言う人もいた。とにかく引っ込んで完全に口を閉じていたほうがいいという人もいた。
7月27日にチェスキーは初めておおやけに手紙を発表し、コミュニティを安心させようと努めた。容疑者が逮捕されたことを伝え、エアビーアンドビーがユーザーの安全を最優先すること、またEJとも当局とも密に連絡を取りながら「正しく対処して」いることを打ち出した。今後、安全性の改善のためにいくつかの手段を導入することも発表した。
その手紙でさらに事態が悪化した。
最高のアドバイザーたちが言うことはバラバラ
EJはチェスキーの手紙と反対の話をブログに載せた。例のブログが世間に出たあと、あれほど親切だった顧客サービスチームが突然姿を消した。チェスキーCEOではないもうひとりの創業者が直後に電話をよこしてきて、犯人はわかったが、情報は渡せないと言った。もうひとりの創業者とはブレチャージクで、EJのブログ記事による悪評を心配し、ブログを取り下げてくれないかと頼んだ。エアビーアンドビーは彼女の安全を確保するための手はなにひとつ打ってくれず、そのための費用も支払ってくれなかった。
EJは、支援を表明してくれた人に向けて、そのお金で次は本物のホテルに泊まったほうがいい、と締めくくっていた。一方で、別のユーザーが数カ月前に起きた同じような恐ろしい話を表に出した。麻薬を使ったゲストが彼のアパートをめちゃくちゃにしたと書いていた。
悪い状況がさらに悪くなっていった。最高のアドバイザーに囲まれていたのに、みんな言うことが違う。ほとんど全員が会社への影響ばかりに目を向けていて、なにか言ったり動いたりすれば、状況が悪化するのではないかと恐れていた。アドバイザーたちは、EJがかまってくれるなと言っているのだから、かまわないほうがいいと言っていた。弁護士は、発言はくれぐれも慎重にしろと念を押していた。だが、慎重に口を閉ざしていることが、事態を悪化させていた。アドバイザーの言うことを聞かないほうがいい、とチェスキーはやっと気がついた。
「あの時期は、思いやりがなくなったわけじゃないけど、自分の優先順位が昔と逆転していた。暗い時期だった」。結果を操ろうとするのをやめて、自分たちの価値観に添って経営すべきだと気がついた。僕は謝らなければならない。心から謝らなければ。
危機のときはみんなの合意で決めてはいけない
8月1日月曜日、チェスキーは強い口調の手紙を公開した。「僕たちは完全にやりそこなった。今週の初め、状況を説明するブログを書いたけれど、あれは僕の本心ではなかった。だから言わせてほしい」
エアビーアンドビーは今回の危機の対処を間違い、いつも価値観に添って行動することの大切さを忘れていた。エアビーアンドビーはEJを失望させた。僕たちはもっと早く対応すべきだった。もっと気遣いを持ち、断固とした行動を取るべきだった。ホストが受けた損害に対して、過去の事件も含めて5万ドルの補償を提供することを発表した(数カ月後、補償額は100万ドルになった)。EJが指摘していたように、24時間のホットラインを開設することを発表し、顧客サポートを倍増すると約束した。
それはすべて、アドバイスに反することだった。「周りの人たちは、『これも議論しなくちゃ、あれも確かめてみないと』なんて言ってた。僕は『いや、もうやるって決めたから』って言ったんだ」とチェスキーは言う。ひとつだけチェスキーが取り入れたアドバイスがある。マーク・アンドリーセンは、夜中にチェスキーの手紙をじっくり読み、謝罪の手紙に自分の個人メールアドレスを付け加えてほしいと告げ、補償額にゼロをひとつ加えて、5000ドルを5万ドルにした(サンフランシスコ市警はその後、逮捕を認めた。エアビーアンドビーは和解したが内容については公表を控えた)。
この経験からチェスキーが学んだのは、コンセンサス(合意)で決定するなということだ。「危機のときコンセンサスで決めると、中途半端な決定になる。それはたいてい最悪の決断だ。危機のときには、右か左かに決めるべきなんだ」
それ以来、考え方をひとつ上のレベルに持っていくことを、「ゼロをひとつ加える」と呼ぶようになった。のちに、この経験は、エアビーアンドビーの「再生(リ・バース)」だったとチェスキーは語っていた。
著者プロフィール
著者=リー・ギャラガー/フォーチュン誌アシスタント・マネジング・エディター。フォーチュン誌が選ぶ「最もパワフルな女性サミット」の共同議長を務め、「40歳以下の40人」も担当。CBSの「This Morning」、MSNBCの「Morning Joe」ほか、CNBCやCNNでもコメンテーターを務めている。ニューヨーク在住。
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