弱まった創業家の執着心

 後継者計画が進まず、80歳代で社長を引き継いだ祐市氏。兄のワンマン経営を幹部として横目で見た経験から、自らの色を出す経営よりも会社の永続性を優先したという。

 「安田社長に譲った後は、何があっても我慢が必要だと。創業家が横からちゃちゃを入れると、社長も色々な計画を持っていても、やる気をなくしていく」

 「インテリア業界ではサンゲツを皆さん良く理解して頂いていますが、大企業と比べるとヒヨコの様なもの。科学的に計画を立てて対応しなくてはいけないという時代に突き当たっている。そこで(三菱商事出身の)安田さんにお願いすれば間違いないと決めた。私は一旦信じたら疑うことはしない人間なので(笑)」

 完全なるオーナー経営だったサンゲツは、カリスマトップの死去を受け、混乱に陥った。後を継いだ祐市氏も高齢で、当時は体調も万全ではなかった。創業家の執着が良い意味で抜けていたのかもしれない。そこに、三菱商事の化学品部門で長らくサンゲツと取引関係を築いてきた安田氏が定年退職する時期が重なった。計画通りの経営権委譲というよりは、タイミングが生んだ委譲だったと考えることができる。

社長就任、「お前大変だな」

日比相談役(右)から安田社長(左)への経営上の指示は一切ないという
日比相談役(右)から安田社長(左)への経営上の指示は一切ないという

 一方、初の非創業家出身としてトップの座についた安田社長側にも話を聞いた。サンゲツのトップ就任が決まった際は、周囲からは驚きの反応だったという。

 「お前大変だなと色々な方に言われましたよ。社外取締役を1年ちょっとしか経験せずに外部からトップになったという事に加え、創業家が口を出さない訳がないと言われた。確かにそれまでは、日比家が中枢となり会社を引っ張ってきた。創業家と会社は一つで、所有と経営の分離もへったくれもない状態だった」

 サンゲツでは賢昭氏や祐市氏ら4兄弟が長らく取締役を占めており、安田氏が社長就任した当時も日比家出身の取締役は3人残っていた。人数では圧倒されている。しかし、安田氏には勝算があったという。

 「日比家の皆さんには、このままでは会社が立ちゆかないという共通認識があった。ご兄弟も高齢で、会社の規模も大きくなっていた。個人経営ではなく組織運営に切り替える必要があった。だが、組織運営のノウハウがない。そこで私が呼ばれた。完全に任せて貰ったと認識している。日比家からこうしろなどといった指示は1回もないですね」

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