今もVWの実権を握るといわれるフェルディナンド・ピエヒ氏。その体には、「血ではなく、ガソリンとディーゼルが、流れている」としばしば言われるが、このような体質の会社に電池の話を持ち込むのは、文字通り電気ショックを与えるに等しい。従って、アリバイとしてのEV化はあっても、本気では取り組まない、という暗黙の了解が社内に蔓延していたように思える。

産業構造の変化は都市にも及ぶ

 おそらく、今回のスキャンダルが発覚しなければ、VWは、今も変わらずガソリンとディーゼルエンジン主体の開発路線を続けていただろう。VWだけでなく、ダイムラー、BMWといった他のメーカーも然り。巨大な自動車産業は、多くのサプライヤーの雇用という経済への影響が大きいだけに、これまで築き上げてきたその経済圏を簡単に変えることはできなかった。

 しかし、状況は今、大きく変わった。エンジン車からEVへの転換を推進するとVWグループが宣言した以上、自動車業界に属してきた人々の生活に影響を与えるのは間違いないだろう。

 具体的に言えば、生活の糧となる収入が激減することは、避けられない。ドイツ人が認めたくはない、不都合な真実ではあるが、VWグループが今回明らかにした人員削減策は、それが現実のものとなりつつあることを示している。

 自動車メーカーのポストディーゼルへの動きは、間違いなくドイツ国内の産業構造を大きく変える。その変化は、自動車メーカーの城下町として栄えてきた都市も免れることはできない。冒頭のインゴルシュタットの風景は、自動車に依存してきたドイツの都市の多くがこれから直面する姿とも言える。

 大きな転換点の中で、都市行政や市民は、何をすべきだろうか。大切なのは、自分自身の生活の在り方を冷静に俯瞰して見ることだろう。エネルギー資源節約を通し、環境に配慮しなければ、生活を持続できないという現実をしっかりと直視しなければならない。その過程で、市民は自ずとEVあるいは、燃料電池車の時代に踏み出さなければならないことに、気づくはずである。

 「ディーゼル車」への信頼が失われた今、自動車業界は、市民とこぞって、何らかの形での次世代の生活形態を模索しなければならない。売り上げ台数を成長の中心指標とするスタンスを改め、環境とバランスのとれた良識ある消費について考え直す必要がある。

 「環境・自然に配慮したモビリティー社会」の実現に挑戦する姿勢が、ドイツの自動車業界と、インゴルシュタットを代表とするドイツの行政に何よりも必要となっている。