VWスキャンダルで大打撃、Audiの城下町
独インゴルシュタットが映す、ポストディーゼルの転換期
フォルクスワーゲン(VW)グループのスキャンダルに揺れる、アウディ(Audi)生産拠点のある独インゴルシュタット
独最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)。日本での報道はめっきり減ったが、ディーゼル車の排気ガス測定不正スキャンダルの余波は今もドイツ国内を揺さぶっている。
その影響が顕著に表れているのが、フォルクスワーゲン(VW)グループの稼ぎ頭であるアウディ(Audi)だろう。スキャンダル発覚後、アウディの社内は、揺れ続けている。
今年9月、技術開発トップに着任したシュテファン・クニルシュ氏が、実はディーゼル排気ガステストの不正測定を実施するソフト構想を提案した張本人だったことが判明。アウディのオフィスから姿を消した。
10月5日には、同社が推進していた「インゴルシュタット・テクノロジーセンター」の建設計画がキャンセルされることが明らかになった。同センターは、最先端の技術を集めた研究開発拠点で、仮想現実(VR)技術を持つ米国のオキュラスなどと連携して自動運転技術の開発などを手がける予定だった。センターで働く予定だった約1500人のスタッフの処遇も、宙に浮いたままだ。関係者の多くは、キャンセルを事前に知らされておらず、大きなショックを受けている。
スキャンダルの影響で、アウディは夜間生産体制を長期的に取りやめることも決定した。長期停止は、雇用にも影響するため、ドイツ連邦の労働総連「IG-Metall」は、事態の深刻さを考慮し、詳細な情報提出を強く求めている。しかし、同社経営陣からの対応は、遅れているという。
アウディは、新モデルであるQ5の生産をメキシコに切り替えており、生産拠点のある都市インゴルシュタットでは、アウディの人員整理に対する懸念も高まっている。10月6日には、アウディの経営幹部が従業員を集め、経営状況を説明する総会が開かれた。当日は、ドイツの各主要報道メディアの取材はシャットアウト。総会に向かう従業員の不安な面持ちだけが、テレビ画面に映し出されていた。総会では、野次が飛ぶなど、険悪な空気だったという。
インゴルシュタット市自体も厳しい状況に追い込まれている。長らくアウディの城下町として発展してきたインゴルシュタットは、財政の多くを同社に依存する。しかし、従来年平均で1億3500万ユーロ(約156億円)あったアウディからの法人税収入はスキャンダル発覚後に激減。現在は、約半分の6800万ユーロ(約78億円)となった。市の予算は大幅な見直しを余儀なくされ、例えば公立保育園の月謝を引き上げる事態に陥っている。
インゴルシュタットでのアウディは、自動車のみならず、様々なプロジェクトの旗振り役でもあった。そうした様々なプロジェクトも、存亡の岐路に立たされている。例えば、アスパラガスとジャガイモの生産でも有名なインゴルシュッタット周辺の汚染土壌のクリーニングプロジェクトにも多額の出資をしてきている。プロジェクトの今後の行方も、不透明だという。
ポストディーゼルの長い道のり
苦境のアウディ、そしてVWグループに残されている道は、いち早くポストディーゼルに乗り出す他ない。
11月18日、VWグループは「デジタル化」「電気自動車(EV)化」を発表した。これらの方針をもとに、ポストディーゼルとして、EV生産に本格的に乗り出すことを明言した。その中のグループ戦略として、アウディは、ライバルのダイムラーやBMWらと協力してドイツ国内400カ所に、EVの充電設備を敷設する。
しかし、肝心のEVの開発は遅れている。加えて、これからむこう10年間足らずで、アウディを含むVWグループが大きくEV中心へと変化するかどうか、筆者には大きな疑問が残る。長らくガソリン及びディーゼルエンジンをビジネスの柱としてきたVWにとっては、構造が大きく異なるバッテリー技術、それを担う人材の入れ替えは、容易ではない。
EVの構造、エンジニアリングのコンセプトは、ガソリン、ディーゼル車とは比較にならないほどシンプルだ。主役は電気モーターとバッテリー。ディーゼルインジェクター、ノズルなどの複雑な部品やコンポーネントは必要ない。極端な話、走行パワーに注文さえつけなければ、電気モーターとバッテリーのついた車軸に、VWのビートル、ポルシェのカレラといったボディーを好みで載せればいい。
その一方で、シンプルさゆえに、プライドを持って開発してきた従来車のエンジニアとしての面目が台無しになってしまう。この致命的な心理的打撃が、EVへの切り替えを遅らせてきたことは、否めない。
実は、VWは、今回のスキャンダルが発覚する前、2010年から、自社製リチウムイオン・バッテリー電極成分の研究は続けている。電池の専門技術を保有するVarta(ヴァルタ)と共同出資し、Volkswagen Varta Microbattery GmbH(フォルクスワーゲン・ヴァルタ・マイクロバッテリー)を設立、EVの要となるバッテリー開発を進めている。
同社を筆頭に、VW内部でも、電池技術を意欲的に開発するエンジニアは、存在する。彼らは日本の高水準のバッテリー技術に敬意を払い、日本からの専門家たちとの議論にも前向きだ。
日本のリチウムイオン電池技術をドイツの自動車業界に紹介していた筆者には、印象深い思い出がある。2008年から2009年にかけて、当時VWの技術開発トップだったユルゲン・レオホルド氏と、アウディで同分野の最高責任者であったヴィリベルト・シュロイター氏に、車搭載用の日本のリチウムイオン電池について様々なプレゼンを行った。
技術者として彼らの関心は高く、小さな会議室に入り切らないほどの関係者が集まった。技術に熱心に耳を傾けていたことを覚えている。
ところが、サンプルの購入段階になると、途端に話が進まなくなった。後に聞くと、経営陣からのストップがかかったのだという。現在に至るEVへの取り組みは、一事が万事、このような状況だったと推察できる。
今もVWの実権を握るといわれるフェルディナンド・ピエヒ氏。その体には、「血ではなく、ガソリンとディーゼルが、流れている」としばしば言われるが、このような体質の会社に電池の話を持ち込むのは、文字通り電気ショックを与えるに等しい。従って、アリバイとしてのEV化はあっても、本気では取り組まない、という暗黙の了解が社内に蔓延していたように思える。
産業構造の変化は都市にも及ぶ
おそらく、今回のスキャンダルが発覚しなければ、VWは、今も変わらずガソリンとディーゼルエンジン主体の開発路線を続けていただろう。VWだけでなく、ダイムラー、BMWといった他のメーカーも然り。巨大な自動車産業は、多くのサプライヤーの雇用という経済への影響が大きいだけに、これまで築き上げてきたその経済圏を簡単に変えることはできなかった。
しかし、状況は今、大きく変わった。エンジン車からEVへの転換を推進するとVWグループが宣言した以上、自動車業界に属してきた人々の生活に影響を与えるのは間違いないだろう。
具体的に言えば、生活の糧となる収入が激減することは、避けられない。ドイツ人が認めたくはない、不都合な真実ではあるが、VWグループが今回明らかにした人員削減策は、それが現実のものとなりつつあることを示している。
自動車メーカーのポストディーゼルへの動きは、間違いなくドイツ国内の産業構造を大きく変える。その変化は、自動車メーカーの城下町として栄えてきた都市も免れることはできない。冒頭のインゴルシュタットの風景は、自動車に依存してきたドイツの都市の多くがこれから直面する姿とも言える。
大きな転換点の中で、都市行政や市民は、何をすべきだろうか。大切なのは、自分自身の生活の在り方を冷静に俯瞰して見ることだろう。エネルギー資源節約を通し、環境に配慮しなければ、生活を持続できないという現実をしっかりと直視しなければならない。その過程で、市民は自ずとEVあるいは、燃料電池車の時代に踏み出さなければならないことに、気づくはずである。
「ディーゼル車」への信頼が失われた今、自動車業界は、市民とこぞって、何らかの形での次世代の生活形態を模索しなければならない。売り上げ台数を成長の中心指標とするスタンスを改め、環境とバランスのとれた良識ある消費について考え直す必要がある。
「環境・自然に配慮したモビリティー社会」の実現に挑戦する姿勢が、ドイツの自動車業界と、インゴルシュタットを代表とするドイツの行政に何よりも必要となっている。
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