英テリーザ・メイ首相(左)と独アンゲラ・メルケル首相(右)。英国のEU離脱の正式交渉を巡る神経戦が続いている。(写真=ロイター/アフロ)
英テリーザ・メイ首相(左)と独アンゲラ・メルケル首相(右)。英国のEU離脱の正式交渉を巡る神経戦が続いている。(写真=ロイター/アフロ)

 ドイツで徴兵制度が復活するかも知れない。英国がEU(欧州連合)の離脱=Brexit(ブレクジット)を決めた国民投票から約2カ月が経ち、ドイツではこんな話題が関心を集めている。

 Brexitとドイツの徴兵制度ーー。一見、何の脈略のないように見える両者だが、実は深く関係している。

 欧州各国は現在、取り組むべき政治問題が山積している。頻発するテロ、難民問題、中東やウクライナの戦闘など、その多くは、長い歴史的背景に基づく宗教や民族間の抗争で、外交だけでは対処に限界がある。ドイツ国内に限ってみても、ここ数カ月でテロや難民を巡る事故・事件が多発している。

 治安維持や難民対策に関わる様々な活動に、自衛・国防に基づく政策は不可欠だ。しかし、昨年以来急増している貴重品盗難や女性への危害、鶏やヤギなどの家畜盗難など、予想を超える事件が相次いでいる。既に報道されているテロの凶暴性に、ドイツ連邦および各州の対応は、追いついていないのが現実だ。

 そんな矢先に、Brexitが起きた。英国のEU離脱は、EU全体の治安体制にも大きく影響する。これまで、英国が大きな役割を果たしてきたEU圏の国境警備を、今後はドイツがフランスと共にイニシアチブをとって展開してゆかなければならない。

 難民の受け入れを巡るトルコとの交渉、ロシアとウクライナ抗争からEUを保護するなど、EU圏国境警備を目的としたドイツの役割は拡大せざるを得ない。こうした状況が、ドイツの徴兵制度復活の機運を高めている。

 既に、国内外で相次いで起きた凶悪事件を受け、キリスト教民主同盟(CDU)の議員らが、自然災害などの自衛補強目的で徴兵制復活の意見を出している。現在ドイツ基本法は、「徴兵制度撤廃」ではなく、「徴兵制停止」状態であるため、煩雑な法的手続きなく復活可能である。

 意外なことに、国民からは大きな反対意見は上がってきていない。警察官の数が不足している現在の国内治安維持のためであれば、徴兵制復活があっても、致し方ないとの考え方が広がっている。社会・婦人・家族・保健相を歴任したウルズラ・フォン・デア・ライエン防衛相は、現在のところ徴兵制復活には言及していない。

 もちろん、実際に復活するかどうかは、今後の政治次第だ。しかし、EUと英国の交渉は長期化の様相を見せている。8月下旬から、夏休みを取っていた欧州各国の政治家たちも、政務に復帰している。EUの中心となる独メルケル首相、仏オランド大統領は、2017年に総選挙が迫っていることもあり、国内の治安・経済問題対策に追われ、Brexit後の欧州については、どこかまだ本腰が入っていない様子だ。英国も、総選挙までには、まだ余裕があるためか、メイ首相も、あわてた様子はない。

 しかし、交渉が長期化するほど、ドイツ軍のニーズは高まるため、徴兵制復活も現実になる可能性がある。

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