
私は11月初旬、長野県にある禅寺を訪れていた。住職を務める老師とは、かれこれ5年ほどの付き合いになる。もともと老師は大手精密機器メーカーの米国法人の社長まで務めていた。老師は若い頃に禅に傾倒。仏門への憧れを募らせ、同社を退職後、厳しい修行を成し遂げた。そして、空き寺に入ったのが2001年のことであった。
老師はこの1年を振り返って、こう話した。
「今年は企業の不祥事が多かったね。過失ではなく、企業のデータ改ざんなど、故意の不祥事が目立った。今一度、社是というものに立ち返ってもらいたいね。どの企業の社是も、仏教の考え方そのものだから」
エフシージー総合研究所によれば、2018年1月から11月22日までにマスコミで報じられた企業事件の数は100件に上る。
新年早々に世間を騒がせたのが、振袖の販売、レンタルを手掛けていたはれのひ社長による詐欺事件だ。2月には三菱マテリアルのグループ会社3社で品質データの改ざんがあったことが判明。さらに、神戸製鋼所やスバルなどでもデータ改ざんが次々と発覚した。スルガ銀行は、不正融資問題で一部の業務停止命令に追い込まれた。
老師と別れて2週間後。2018年の企業不祥事の総決算と言わんばかりに“ゴーンショック”が起きた。改めて老師の「社是の精神を思い返して」との言葉が思い浮かんだ。
社是を朝礼などで読み上げている企業はともかく、諳んずることができる従業員は、そうはいないのではないか。社是とは、企業のあり方の指針であり、創業者の理念が込められていることもある。近年は、「社是」とは呼ばず、「企業理念」などとする企業も多い。日産自動車の場合、「ビジョン」が社是にあたるだろう。
たいていの社是は抽象的な表現であり、どの企業も似通っている。
たとえば、稲盛和夫氏が名誉会長を務める京セラの社是は「敬天愛人」。そこにはこんな説明が添えてある。
「常に公明正大 謙虚な心で 仕事にあたり 天を敬い 人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心」
京セラの場合、社是とは別に経営理念が存在する。そこでは、「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」としている。
では、不祥事のあった企業の社是とはどんなものか。
グループ会社で性能データ改ざんのあった三菱マテリアル。企業理念に「人と社会と地球のために」をうたっている。
燃費などの測量データ改ざんに関わっていたスバル。企業理念の第2項目に「私たちは常に人・社会・環境の調和を目指し、豊かな社会づくりに貢献します」と述べている。
不正融資問題で揺れているスルガ銀行は、企業理念の中で「いつの時代にも社会から不可欠の存在として高く評価される企業」としている。
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