あいまいになる人間とロボットとの境界

 AIBOの葬式には、海外から複数の文化人類学者が調査に訪れていた。国立ベルリン自由大学歴史・文化学部東アジア研究所のダニエル・ホワイト上級研究員は興味深げにAIBOの葬式を観察していたひとりだ。ホワイトさんは米国出身で、日本にも10年間住んでいたことがある。感想をこう述べた。

 「とても興味深い儀式でした。私はアメリカ出身でドイツに住んでおりますが、両国ともこうしたロボットの葬式はない。日本人が心からロボットを愛し、完全に家庭内で受け入れているのとは違い欧米人はどこか、ペットロボットにたいして一線を引いているところがあるように思います。一見可愛くても、そこはやはりモノ。モノがあたかも人間と同じように振舞うことへの不気味さ、という漠然としたイメージを心の奥底に持っている。そこが日本人のモノについての意識とは大きく異なるところです。日本人はモノについて、感覚的な美学としてとらえますね。何に利用できるか、といった実用面は二の次といった印象です。こうした感性は欧米人にはあまりありません。私は日本に住んでいたから今日のAIBOの葬式を『とても日本的だな』と思いますが、初めて見る欧米人なら顔をしかめるかもしれません」

 しかし、日本のようにペットロボットに気持ちが乗り移る時代も遠からずやってくるかもしれない、とホワイトさんは指摘する。

 例えば、それは欧米で大流行している人工知能を搭載したスマートスピーカーの存在だという。欧米の多くの家庭の中に入り込み、「コミュニケーション」を取り始めた。スマートスピーカーとはユーザーの呼びかけにたいして、天気やニュースを読み上げてくれるなどの反応を示してくれるものだ。AmazonのEchoなど今、爆発的に増えている。見た目の形状がスピーカーなので、心理的に「怖い」と感じることもないようだ。

 人間とロボットとの境界が世界的にも、あいまいになりつつあるのだ。ホワイトさんは言う。

 「日本人は“気づく能力”が高い。見えないものにたいする気づき。我々も学ばなければならないね」

※本稿は筆者の最新刊『ペットと葬式 日本人の供養心をさぐる』(朝日新書)から一部、コンテンツを抜粋し、再編集したものです。

著者最新刊『ペットと葬式 日本人の供養心をさぐる』

「うちの子」であるペットは人間同様に極楽へ行けるのか?  そう考えると眠れなくなる人も少なくないらしい。仏教界ではペット往生を巡って侃侃諤諤の議論が続く。この問題に真っ正面から取り組んで、現代仏教の役割とその現場を克明に解き明かしていく。筆者は全国の「人間以外の供養」を調査。殺生を生業にする殺虫剤メーカーの懺悔、人の声を聞く植物の弔い、迷子郵便の墓、ロボットの葬式にいたるまで、手あつく弔う日本人って何だ!?

朝日新聞出版刊、2018年10月12日発売