住職による説法も

 読経が終わると、住職による説法もある。以前は「六根清浄」がテーマだったこともあったという。

 仏教でいう「六根」とは、眼(視覚)・耳(聴覚)・鼻(嗅覚)・舌(味覚)・身(触覚)・意(意識・心の働き)のこと。人間にはもともと備わる六根によって迷いが生じている。これを「執着」とも捉えることができる。この六根の迷いを断ち切ることが、よりよい生活を送ることにつながると、仏教では説く。

 六根清浄の考え方を、不快害虫に当てはめれば、こう考えることはできるだろう。例えばゴキブリを見て大多数の人は不快に思う。これは六根が作用し、視覚的に「気持ち悪い」と認識しているからである。そもそもゴキブリは、子どもたちに愛玩される対象のカブトムシやクワガタと色・形はさほど変わらない。しかし、ゴキブリは人間の意識の中では「不快」な存在として捉えられる。その結果、日々、殺処分されているのである。

 人間主体の世界において、その生物が害を及ぼす、及ぼさないにかかわらず、多くの命が犠牲になっているのは確かである。

 アース製薬など業界16社や関係学会らで構成する業界団体の日本家庭用殺虫剤工業会でも1973年から毎年1月上旬、新年の賀詞交歓会に先立ち、「虫慰霊祭」を実施している。

 こちらは、出雲大社神殿(大阪別院)にて執り行われる。アース製薬の川端克宜社長をはじめ、大日本除虫菊やフマキラーなどのトップも例年参加する、大きな儀式である。

 朝日新聞大阪版2013(平成25)年1月16日付夕刊では、第3面の4段カラーを使って虫慰霊祭の大きな特集記事を組んだ。そこには祝詞の要約と、「キンチョー」で知られる大日本除虫菊社長で同工業会の上山直英会長のコメントが掲載されているので紹介しよう。

 《ここに並ぶ人たちは、人間生活の利便のために虫退治の仕事に励んできました。しかし虫にも魂があり、仕事とはいえこれを殺すことは、ものの哀れを知る人にとってやるせないことであります。ですから神様から亡くなった虫たちに、安らかに眠るようご指導を願います》──祝詞原文を朝日新聞が要約

 「私たちはある意味、虫にお世話になっている。虫が棲めない世界では人間も暮らせないわけで、自然環境を壊すことなく快適な生活ができるよう殺虫剤をつくっている。その思いを、新年を迎えて改めて確認するのがこの慰霊祭です」(大日本除虫菊・上山直英社長)

 殺虫剤メーカー各社は近年、東南アジアに拠点を置き、特にカを媒介とする感染症対策に乗り出している。アース製薬ではタイのバンコクに連結子会社を置いている。タイは上座部仏教国であり、在家信者にたいして不殺生戒(五戒)を厳しく定めている。また、生き物を殺さない、あるいは生き物を逃がしてやること(放生)は善行と見なされ、この功徳の大きさによっていかに幸せに生まれ変われるかが保証されるのである。

 取材の折、研究開発本部の永松さんにバンコクに連絡を取ってもらい、現地法人でも虫供養をやっているかどうかを聞いてもらった。すると、事業所にはブッダ像を祀る祠を設け、社員はそこで毎日、手を合わせているという。

 私は永松さんに、

 「もし、虫供養がなければ、社業にどんな影響があるか」

 と聞いてみた。

 永松さんは少し考え、このように答えた。

 「供養をしなかった年があったならば……業務上のトラブルや事故、業績の悪化、社員の家庭の問題など様々なマイナス面が起きた時に、『虫供養をやらなかったからではないか』などと因縁として、結びつけてしまうのではないでしょうか。一回、供養を始めると行かなければ心の落ち着きがなくなる。それが日本人の心の習慣というものなのでしょうね」