求められる無形文化財を保全する知恵

 私の住む京都でも、左京区の山間部で虫送りの風習が残っている。

 そこでは、

「ででむし(泥虫)、でていけ」「さしむし(刺し虫)、でていけ」

などという掛け声とともに虫送りが行われる。

 角田光代さん原作の映画『八日目の蝉』を見た方もいるかもしれない。その中では、小豆島の中山千枚田で毎年7月に実施される虫送りのシーンが描かれている。中山の虫送りは300年の伝統を持つ。火手と呼ばれる竹の松明をかざしながら、

「とーもせ、とも(灯)せ」

 と、村人が畦道を練り歩く。

 辺りが闇に包まれようとする中、棚田に松明が揺らめく姿はたいへん幻想的である。

小豆島中山千枚田で行われた虫送り行事(写真/PIXTA)
小豆島中山千枚田で行われた虫送り行事(写真/PIXTA)

 実は、この地域では虫送りの風習は途絶えていたが、映画で取り上げられたことで、およそ半世紀ぶりに復活したとのことだ。虫送りはほかにも、青森県南部地方、奈良県天理市や埼玉県越谷市などで今でも続けられている。

 戦後しばらくまで、多くの農村で虫送りの行事が残っていた。虫送りは「地域の子供祭り」の要素が強かった。だが、小豆島の事例のように都市部への人口の流出や農業の担い手不足、あるいは虫送りの儀式を司る寺社の無住化などとともに随分、数を減らしている。虫送りの行事が消えることは、その地域そのものが、消滅危機にあることを示唆しているのである。

 虫送りは、観光行事になったり、テレビなどで報じられるような派手な祭りではない。とくに僻地で夜間に行われるため、外の人の目に触れにくい難点がある。こうした地味な郷土の祭りを保存していくことは、とても難しいのだ。クラウドファンディングなどの活用も限界がありそうだ。

 かくいう私もこうした地域の無形文化財を保全していく知恵を持ち合わせてはおらず、こうして、せめて発信することくらいしかできないもどかしさを感じている始末である。

まずは会員登録(無料)

有料会員限定記事を月3本まで閲覧できるなど、
有料会員の一部サービスを利用できます。

※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。

※有料登録手続きをしない限り、無料で一部サービスを利用し続けられます。