地蔵菩薩は子供を守る仏様としても知られており、地蔵盆の主役は子供である。
各町内会でお地蔵さんを囲み、「南無阿弥陀仏」の念仏に合わせた数珠回しをやる。また、福引、スイカ割りなどのゲームなどが催されるのである。京都の子供にとっては、夏に実施されるクリスマスやハロウィンのような感じだ。

地蔵は祠に入ったものが多い

 私は団塊ジュニア世代だ。当時、うちの町内の地蔵盆は子供で溢れかえっていた。しかし、近年、子供の姿は完全に消えた。参加者は高齢者が中心だ。

 このように、少子高齢化によって地蔵盆の開催が危ぶまれている町内会もある。だが、市内で地蔵盆を実施する町内会はいまだに8割に及ぶという。

 地域住民と子供たちが時間と空間を共有する機会は、この時代において実に貴重だ。仏教を通じた情操教育の場にもなり、世代を超えた地域社会の紐帯となりえるのが地蔵盆なのである。

 こうした、信仰の集まりは、「講」とも呼ばれる。講が根付いている大都市は、ここ京都くらいなものである。地蔵盆は生きた人間がつながる場だけではない。

 先に述べた送り火もまた然りであるが、共通するのは、「先人とのつながり」を確認できる場であるということだ。つまり、伝統的な仏事を通じて「過去との対話」ができるのだ。

 とくに昨今は「個の社会化」が進む。今後、お盆の時期になっても、故郷に戻らない人も増えていきそうだ。

 時代はSNSやスマートフォン全盛である。インターネットを経由した通話料無料のテレビ電話もある。今では世界中のどこにいようと、生きた人同士のつながりを保つことはさほど難しいことではない。長い渋滞や乗車率100%以上の新幹線に乗って故郷に戻るということも、ひょっとして少なくなっていくかもしれない。

 しかし、「過去」とのつながりはネットでは無理だ。常に心に思い描くことで、いつどこでも亡き人との対話をしているという方もいるかもしれないが、このお盆に、墓詣りや盆行事などを通じて死者との対話ができるのは有難いことだ。

 すでに、ネットで墓詣りするサービスも出てきているという。しかし、デジタルメディアを通じたあの世との交信に違和感を抱くのは私の頭が古いせいだろうか。

 そろそろ、新幹線や高速道路は帰省ラッシュの混雑予想がテレビなどで報じられ始めている。しかし、私はこう思う。帰省ラッシュは、言い換えれば墓参りラッシュである。うんざりする人も多いだろうが、自分につながるご先祖さまに想いを馳せるよき機会のため、と温かい心を持って故郷に向かっていただきたい。