京都では送り火が見える立地のマンションなどは、不動産価値が高くなる傾向にあるという。マンションの建設などで送り火が見えなくなった場合、クレーム対策として、屋上を近隣の住民に開放するというのもよくあることである。

 ちなみに「送り火」の季語は「秋」である。かつて、お盆の時期には早くも秋の気配を感じ取れるという意味があったのだろう。しかし、今日のような酷暑では、秋の季語としての雰囲気はまるでない。

 5つの山には「大文字」「左大文字」「妙・法」「船形」「鳥居形」が灯される。私の寺からは「鳥居形」が見える。それはそれは、幻想的な情景である。

嵯峨野では「鳥居型」が灯る。松明の数は108つ

 その時、コップに入れた水に送り火の炎を映して飲めば、無病息災が約束されるとの言い伝えがある。また、翌日、山に登って燃え残りの炭を粉末にして服すると、持病が治るとの言い伝えがある。なんとも風情のある習俗である。

 だが、送り火の起源についてはよくわかっていない。平安時代に空海が始めたとも、室町時代に足利義政が考案したとも言われている。

 江戸時代には「一」「い」「蛇」「長刀」「竹の先に鈴」など計10の山で送り火が行われたという。折しも8月8日、京都大学は左京区の山で「い」の痕跡を見つけたと発表した。今後、保存会を立ち上げ、ぜひとも「い」の送り火を復活してもらいたいと願う。

 送り火は不思議なことに仏教行事なのに、嵯峨の曼荼羅山では神社のしるしである「鳥居」が灯される。

都名所図会には江戸時代の送り火の様子が描かれている

 これは京都の西に位置する愛宕神社(愛宕山山頂)に縁が深い。愛宕山の麓にある「一の鳥居」を模したとの説が有力だ。愛宕山は江戸時代まで神仏習合の修験道の聖地であり、その名残で鳥居が灯されるのである。

 ちなみに、送り火でもっとも有名な「大文字」の由来な何なのか。仏教では、万物を構成する四つの元素「地・水・火・風」を四大と読んでおり、そこから「大」の字が取られたとする説が有力である。

 実は送り火を終えた後も、京都のお盆は続く。

 各町内では「地蔵盆」という不思議な行事が実施されるのだ。わが町内では毎年18日に実施される。

 京都にはお地蔵さんがたくさんある。辻々に、小さな祠に入れられて祀られている。その数は1万以上に及ぶという。室町期、京都では地蔵信仰が広まった。その結果、かなりの数の地蔵がつくられ、それが受け継がれているのだ。

京都にはこのようなお地蔵さんがたくさんある