氾濫寸前の渡月橋界隈

 何十年に一度の豪雨が京都の街を襲い、特別警報が発令された7月6日。私は気が気でない時間を過ごしていた。自坊のすぐ近くの景勝地、嵐山を流れる大堰川が氾濫危険水位を超え、一部、道路が冠水してしまったからだ。5年前の豪雨の時は水が堤防を超え、商店街が水につかるなどの被害を出している。

 私の母校、嵯峨小学校の校歌に、「清い流れの大堰川」という一節がある。だが、この日、渡月橋を流れる大堰川は清き流れどころか、まるでアマゾン川のように褐色の濁流となってうなりを上げていた。たが、今回はギリギリのところで氾濫を回避することができた。

 ほどなく、東京のある知人から連絡を受けた。私の安否を気にして電話してくれたのだ。この人物は毎年、祇園祭の時期にあわせて上京し、鴨川の夏の風物詩である床料理を楽しむ。

 しかしながらその頃、鴨川界隈も大変な騒ぎであった。川床の下まで水に浸かって、下手をすれば床が流されてしまうような状況だった。私はこの場で予約の電話を入れることを憚られたが、鴨川の状況も知りたいので、恐る恐るお店に電話してみることにした。ビクビクしながら、

「大変な時にすみません。お店大丈夫ですか。いま、予約どころやないね。改めましょか」

と、探りを入れると、女将は平然として、

 「なんともあらしまへん。で、お料理はどないしましょ」

 テレビのニュース画面でさっき、お店のすぐ脇の先斗町歌舞練場の前の堤防が大きく崩れ出していたではないか。それなのに、なんとも涼しげな声が電話口から返ってきた。京都人らしいなあ、と思った。

 切羽詰まった状況の時、すっと目線をそらせるように振る舞うのは、京都人の特徴である。過去の都合の悪い出来事にたいしても「ああ、そんなこともあったかいな」などと、とぼける。

三条大橋から鴨川の川床をみる。歌舞練場の前の堤防が決壊し、復旧中だ