むしろ、私が腹立たしく思ったのは、日本語が彫られた傷が多かったこと。とくに恋人の名前と自分の名前を連ねる古典的な落書きが目立った。日本人が日本の美観を損なう行為をしていることには、心底、情けない思いになる。

 しかのみならず、危惧を覚えるのは、観光客が刃物を持って歩いているという事実である。

 これほど多く(おそらく数百単位)の傷が、竹につけられているのだ。丸くてツルツルしていてカチコチの竹の表皮は、爪やペン先などで傷つけられるような代物ではない。カッターナイフのような薄い刃のものでも難しいのではないか。多くの観光客が凶器を忍ばせているのであれば、仮にその場面に遭遇しても、うかつに注意できないだろう。

 SNSの普及とともに、観光誘致においてもインスタ映えするような空間づくりをするケースが増えてきた。絶景の中にいる自分を広くアピールしたいと考えることも分からぬではない。そうした観光客の中には一定数、ルールを破る者もいるのだろう。

 見回りを増やしたり、カメラを設置したりするにしてもコストの問題がある。注意喚起の看板もできれば増やしたくはない。それでなくとも日に日に、嵯峨野界隈では英語や中国語の看板が増えているのだ。落書きもさることながら、その看板もまた、美観を損なう原因になっている。

 観光客のマナーをいかに高めるか、は難しい問題だ。防犯カメラや看板が設置されても、マナーの改善には繋がらないだろう。

嵐山モンキーパークいわたやまの注意書き。「おサルには餌を手渡しであげないで」と英語で書いてあるが…
嵐山モンキーパークいわたやまの注意書き。「おサルには餌を手渡しであげないで」と英語で書いてあるが…
外国人旅行者にはなかなか伝わらない
外国人旅行者にはなかなか伝わらない

 地元のある飲食店のオーナーがこう話してくれた。

試される景観への心がけ

 

 「観光客が一気に増えだした5年前は、たしかに中国人のマナーはひどかった。トイレをかなりひどく汚されたり、1品を複数の人間でシェアして長居するようなこともよくあった。けれど、最近はほとんどそういったこともなくなった。地元がおもてなしのために、どれだけ見えないところで汗を流しているのかが、ツアーガイドやリピーターにわかってきたのではないか」

 観光マナーの向上は、一朝一夕にはいかないのだろう。我々ができることは、普段からその空間を「美しく保つ」ということに尽きるのではないか。翻れば、地元民の心がけが、試されているのだとも思う。

 ただ、常に美観を保っていることが、いかに難しいことか。この春、東京から嵯峨野にUターンしてきた私はいま、身にしみて感じているところである。