なぜ検索事業での成功を夢見ていたチームが、LINEを開発することになったのか。LINEの前身であるネイバージャパンの歴史を知らずして、その謎を解くことはできない。

 「LINEストーリー」は、ネイバージャパンを立ち上げた慎(シン)ジュンホ取締役CGO(最高グローバル責任者)の来日に端を発する。

 「日本市場で検索事業を成功させる」というミッションのもと、組織の風土を固め、チームを形成。競合だった中国の検索大手、バイドゥ(百度)の日本法人で取締役を務めていた舛田淳氏を迎え入れたところから、本格的なサービスの開発が始まった。

 だが慎が築いたチームはしばらく、苦悶の日々を送る。連載4回目は、舛田氏がネイバージャパンに合流した2008年から、LINEの開発に着手する直前までの、知られざる「暗黒時代」を追う。

(文中敬称略)

(「LINE上場、知られざるナンバー2 慎ジュンホ(1)」からお読みください)

「全社員がうなだれていた」

 「LINE、純損失79億円」。6月10日、LINEの上場が確定し、有価証券届出書が開示されると、一部メディアはそう見出しをつけて報じた。非上場だったLINEは、連結の最終損益を明らかにしていなかった。

 届出書によると、2015年12月期決算(国際会計基準)は、連結売上高が前年同期比39%増の約1206億円。一方、最終損益は約79億円の赤字だった。

 赤字の主な要因は、2015年3月に米マイクロソフトから買収した元ノキアのラジオ型音楽配信サービス「MixRadio」の事業撤退だ。成長が見込めず、日本とタイで展開する定額制音楽配信「LINE MUSIC」に集中するために精算した。

 ただ、LINEにとって、会社の存続を憂うほどの問題ではない。年間で1200億円以上もの売上げを稼ぐLINEという金城湯池が、今もなお成長の途上にあるからだ。

 それにLINEの前身であるネイバージャパンは、ヒットに恵まれず、赤字が積み重なる「暗黒時代」をくぐり抜けてきた。その時代に比べれば遥かにましだ。

慎ジュンホ取締役(左)と舛田淳取締役(右)は、ともに「暗黒時代」をくぐり抜けてきた盟友