ネイバーは2005年に日本での検索事業から撤退しているが、ゲーム事業は継続し、成功を収めていた。運営会社は2003年にネイバージャパンとハンゲームジャパンが合併して出来たNHNジャパン。社名変更は、ハンゲームコミュニケーションを買収・合併したネイバー(当時はネイバーコム)が、2001年にNHNへと社名変更したことに伴う。

 このNHNジャパンの子会社として2007年11月、第2次ネイバージャパンが発足。その約半年後に慎が来日してから、検索事業で再参入するための具体的なプロジェクトが動き出す。最たるものが「知識iN」だ。

 知識iNはネイバーが韓国で2002年に開始した、いわゆる「Q&Aサイト」。瞬く間に人気を博し、韓国のQ&Aサイトのデファクトとなったのだが、これが検索サービスでも圧倒的なシェアを握るカギにもなった。ネイバーは、2000年に韓国に参入したグーグルなど、ほかの検索サービスが知識iNのコンテンツを検索できないようにしたのだ。

 知識iNのコンテンツを検索したければ、ネイバーの検索を使うしかない。ネイバーはQ&Aとの両輪で検索シェアを約7割まで伸ばし、グーグルに勝ったのである。

慎が吹かせた「自主独立」の風

2008年、第2次ネイバージャパンに合流した直後の慎ジュンホ氏

 慎ら、新生ネイバージャパンのメンバーは、このQ&Aサイトに活路を見出した。

 当時、日本でもユーザー参加型のコミュニティーや、「教えてgoo」「OKWave」「発言小町」といった老舗のQ&Aサイトが人気を博していた。2004年に開始した「Yahoo!知恵袋」は、ネイバー同様、検索サービスとのシナジー効果を生んでいた。

 Q&Aコンテンツの延長線で検索サービスを伸ばす手法は、日本の文化にも馴染むのではないか。慎はそう考え、開発プロジェクトを走らせたのだが、完成間近というところで、慎自身が「やめましょう」と、お蔵入りにしたのだ。

 開発に携わったメンバーからすれば、数カ月の苦労を水泡に帰す判断。それでも開発中止にしたのは、日本のネット文化を知れば知るほど、先行する有力サービスが根付いていることがわかり、「今さら遅い」という思いが次第に膨らんだためだと慎は振り返る。

 それ以上に慎を突き動かしたものがある。それは、慎が韓国を離れる際に創業者の李から言われた、もう1つの言葉だ。