ネイバー創業者の李(イ)ヘジンから直々に日本市場開拓の命を受けた慎は当初、言葉の壁にぶち当たる。最初は通訳を介して会議に参加せざるを得なかったが、家に帰ると通訳の顔しか思い出せない。

 「日本人のメンバーに申し訳ない気持ちになると同時に、これは自分の言葉でコミュニケーションしないと危ないな、と思い、腹をくくって日本語を勉強することにしました」

 こう話す慎は、帰宅して以降、自由に使える束の間の数時間を使い、必死で日本語を学んだ。教材は、日本のドラマのDVDだ。

 当時のお気に入りはオフィスのシーンが多い「ハケンの品格」。数カ月もすると、「心の琴線に触れるような」といったドラマで覚えたての日本語を使い、日本人のメンバーを驚かせたこともある。

来日した2008年当時、慎氏は日本語を学ぶためにドラマ「ハケンの品格」を好んで観ていた(日テレオンデマンドから)

 やがて慎は、韓国人の同僚にも「これからは日本語を学び、なるべく日本語を使うように」と指示。メール上でも「まずは日本語で書き、補足で英語や韓国語などを使う」という社内ルールが生まれた。

 ここまで日本語にこだわった背景には、もう1つの理由がある。韓国を発つ時、ネイバー創業者の李から餞別代わりに得た言葉が慎の脳裏にあったからだ。

 「海外にいけばその国のことを中心に考えるべきで、その国のユーザーのことを最も理解しなければいけない」という言葉である。

グーグルを駆逐した成功モデル

 この李の言葉を、慎はこう咀嚼して表現する。

 「よく外資系の企業がほかの国に根付くことを『ローカライゼーション』という言葉で現しますが、LINEでは『カルチャライゼーション』と言った方がいいかもしれません。『地域』ではなく、その国の『文化』にいかに深く浸透できているか、そのために何をすべきか、を考えることが、その国で成功する近道だと理解しています」

 日本の文化に浸透するためには、その文化の基礎である日本語をまず会得しようというわけだ。もちろん、日本語を学ぶことは「カルチャライゼーション」の一歩に過ぎない。

 次に考えるべきは、李から課せられたミッションを、日本の文化に合う形でどう遂行すべきか。ミッションとは、韓国で約7割のシェアを誇るネイバーの検索サービスを、一度は撤退した日本市場で成功させることである。

 日本向けのサービスを作っては壊す、という試行錯誤の日々が続くのだが、結果としてこれが後のLINEを生むことにつながるとは、この時、夢にも思わなかっただろう。