検索サイトを祖業とし、1999年に設立したネイバー(創業時の社名はネイバーコム)は、2000年にオンラインゲーム大手のハンゲームコミュニケーションと合併し、韓国ネット最大手の地位を磐石にしていた。韓国では、今でも検索サービスで7割以上のシェアを堅持し、グーグルの侵攻を許していない。その創業者、李(イ)ヘジンを、慎は尊敬していた。

 「僕らが見ているのは韓国だけじゃない。世界だ。一緒に挑戦しないか」。理系の名門、韓国科学技術院(KAIST)の先輩でもある李の言葉に、慎は共感した。

 「お金ももちろん重要だが、私にとっては『夢』の方が重要だった」。そう慎は述懐する。

 ネイバーに入った慎は、グーグルに負けない国産検索サービスのトップという重責をしばらく担うが、2008年、創業者の李に請われ、日本へと渡った。LINEの前身であるネイバージャパンの検索事業を立ち上げるためだ。

 それは、極めて難易度の高いミッションだった。日本市場から一度、撤退した経験があるネイバーにとって2度目の挑戦だったからだ。

日本で失敗した「ネイバー検索」

●韓国ネイバーと日本進出の歴史(2008年まで)
1999年6月 ネイバーコム設立、検索サイトを開始
2000年7月 ハンゲームコミュニケーションを買収・合併
2000年9月 ハンゲームジャパン設立
2000年11月 ネイバージャパン設立
2001年4月 日本向け検索サービス開始
2001年9月 ネイバーコムからNHNへ社名変更
2002年10月 韓国コスダック市場に上場
2003年10月 ハンゲームジャパンとネイバージャパンが合併、NHNジャパンへ
2005年8月 日本から検索事業を撤退
2006年6月 「1noon(チョッヌン)」買収
2007年11月 NHNジャパンの子会社として、第2次ネイバージャパンを設立
2008年6月 慎ジュンホ氏が検索事業トップとして来日

 ネイバーが最初に日本進出を果たしたのは、韓国でハンゲームを買収した直後の2000年と早い。ゲーム事業を手がけるハンゲームジャパンを2000年に設立。その2カ月後、検索事業でも日本法人のネイバージャパンを設立し、翌2001年には日本向けの検索サービスを開始している。

 ところが、2005年、日本での検索事業からの撤退を余儀なくされる。ヤフーの牙城にまったく歯が立たず、それどころかグーグルの侵攻にも押され、「ネイバー検索」は日本で存在感を示すことができなかった。

 しかしこれは、一時的、部分的な撤退にすぎない。

 社名が相次ぎ変わるのでややこしいが、ゲームのハンゲームジャパンと検索のネイバージャパンは2003年に合併し、NHNジャパンへと社名変更。検索事業の撤退後もNHNジャパンのゲーム事業は順調に育っていた。つまり、日本での事業基盤を失ったわけではない。

 創業者の李は、この基盤を利用し、再度、検索事業で日本に再進出しようと試みた。2007年11月、NHNジャパンの子会社として、第2次となるネイバージャパンを設立。誰がこの再挑戦をリードするのか、紆余曲折を経て、慎に白羽の矢を立てたのである。