とある東証一部上場会社の営業所を捜査したときは、タイムカードがなかった。出勤日に判子を押しただけの簡単なものしかなかった。始業も終業時間も分からない。これでは違法残業かどうか特定できない。ただ元社員からは「残業代を支払われていない」という通報が何件も寄せられていた。

 まず監督官は営業所内を捜査し、パソコンに電源をいれた時間と切れた時間を調べ、メールの送受信時間も調べた。最も早い時間を始業時間、最も遅い時間を終業時間とした。トラックに搭載したデジタルタコグラフのデータも解析し、何時間乗車していたかをつかんだ。ただこうしたやり方だけで残業時間を割り出すと、会社の労務担当者が納得しない。

 そこで社員全員に、手帳などを持ってきてもらい、過去1ヶ月間、何時まで働いていたのかを聞き出し証拠を集めた。こうした地道な作業によってこの企業を書類送検できた。監督官は「我々が担う刑事案件は100%証明しないといけない。とても大変で地味な作業」だという。

残業自動記録アプリも

 このように現状では、監督官が膨大な労力で残業時間を把握するのが現状だ。労働者自身が証拠となる残業時間を自分で記録しようとしても、これまでは手帳などに書き留めておくしかなかった。

 最近、スマートフォンにアプリを入れるだけで残業時間を計測できるアプリが登場した。日本リーガルネットワーク(東京・千代田)が提供する「残業証拠レコーダー」だ。スマホに「残業証拠レコーダー」をインストールし、勤務場所や月収、休日などを登録する。休日出勤手当や残業手当の元になる情報を事前に設定する。

 設定後は何もしなくても、勤務時間を記録できる。スマホのGPSで勤務地にいることを特定し、いつ出勤し退勤したのかを把握できるからだ。定時を登録しておくことで、残業時間が自動で計算される。残業代の目安もひと目で分かる。南谷泰史社長は「労働者の権利を行使するための材料として活用してもらいたい」と話す。アプリは無料で、この情報は同社のサーバーに蓄積し、弁護士の紹介もしている。

 残業の請求は2年間にさかのぼってできる。ただ、未払い残業があることが分かり、労基署に駆け込む場合に注意が必要だ。労基署には膨大な案件が押し寄せるため、端的に説明できるようにしなければならない。プレカリアートユニオンの清水直子委員長は「“一般的な相談”として適当に言いくるめられて帰されることが多い。事前に監督官とアポイントをとったうえで、関連資料を持参し目的を明確化しないと取り合ってもらえない」と話す。違法残業をなくすためには労働者側にも入念な準備が欠かせない。

日本リーガルネットワークが提供するアプリ「残業証拠レコーダー」。