和楽器の編成になり、切腹ピストルズは思わぬ展開をしていくことになる。
ライブハウスから、演奏の依頼がくる。相手は、飯田がそのままパンクロックを続けていると思い込んでいる。
「ちょっと編成が変わっているんですけど、いいですかね」
飯田はそう言いながら、「演奏を観たら怒るだろうな。当分は出演依頼がこなくなって干される」と覚悟していた。だが、その変貌したライブを目にした観客が熱狂した。和太鼓の音が腹に響き、会場は興奮の坩堝と化す。「オレもメンバーに入れてくれ」。他のバンドから、エレキを放り投げて参加する者が後を絶たない。
2013年から、福住は新潟越後妻有の芸術祭に切腹ピストルズを呼ぶようになった。そして、山の中の旧道30キロを、1泊2日で演奏しながら練り歩く。山に鳴り響く笛と鐘、三味線、そして太鼓の音に、村落の人がぞろぞろと集まってくる。
「子供にとっては単純に楽しいし踊れる、老人にとっては懐かしい音、そして若者にはパンクロックの要素が響く。老若男女にひっかかるものがある」(福住)
そして、昔の盲目の女芸人のように、一宿一飯の礼にさずかる。かつて、テレビがない時代、日本の集落にとってはかけがえのない芸能として受け入れられていた。
「まっとうに自分たちの芸で生きている。彼らこそ本当のプロフェッショナルなアーティストなんじゃないか」(福住)
芸能の本質に迫る
そして、各地の芸術祭に呼ばれ、その中心的な存在になっている。
新潟越後妻有に続き、千葉県市原市の芸術祭、瀬戸内国際芸術祭と次々と大型の芸術イベントに参加し、神出鬼没の演奏を繰り広げる。その演奏場所は、過疎地が多い。「町おこし」として芸術祭を開くが、現代芸術はどこか地域とそぐわない。難解なアート作品を前に、地域の人々は首をひねる。

だが、切腹ピストルズには日本古来の芸能の要素が詰まっている。
北関東の民謡「八木節」をもじった「自棄節」。歌詞が難しいため、飯田はあえて覚えず適当に歌う。その奔放な「八木節」を聞いて、群馬県出身者は涙を流す。「小さい頃には、八木節ばかり聴かされ、押しつけがましい感じで嫌いだった。初めて、八木節を誇りに思った」
新潟県津南町の集落の烏踊りに、毎年呼ばれるようになった。長野県北部から新潟県にかけての民俗芸能だが、近年は継承する人材が減り、中止する地区も多い。

夜8時、集落の男たちが酒を酌み交わし始める。そして、酔いが回った10時頃から、代わるがわる太鼓を打ち鳴らす。そこで、切腹ピストルズもお返しにと、鐘とエレキ三味線、太鼓を奏でる。烏踊りに新しい風を吹き込んだのか、久しぶりに中学生が参加した。すると、太鼓を叩かせ、みなで喝采した。そして夜通し、灯籠の周りを輪になって踊り明かす。
土着の本能を蘇らせる――。
反原発デモに呼ばれ、「練り歩き」で大通りを演奏しながら回っていた時のこと。警官がはじめは厳しく取り締まっていたが、曲が進むうちに何が変わったのか、交差点で信号が赤に変わっても、演奏を優先し、クルマやバスを止めるようになった。
「何を大切にするべきか、気づくのではないか」。飯田はそう感じたという。規則やルールだけを振りかざす社会でいいのか。従順に行動することだけが善しとされる世の中に警鐘を鳴らす。
こんなこともあった。
「ニホンオオカミの残党」を名乗る切腹ピストルズは、武蔵御嶽神社のお札に描かれたオオカミの絵を使ってTシャツを製作していた。それを関係者に発見され、今年2月、御嶽神社に呼ばれた。宮司をはじめ雅楽の奏者など関係者が並ぶ中で、演奏することになった。終わると、こう告げられた。
「このまま続けなさい」
飯田は「いいとこ取り」だと表現する。伝統としきたりで縛られた人々にはできないものを、混ぜ合わせて、人々の前にぶちまける、と。聴いた人が、どこかに引っかかって、それを持ち帰ってくれればいい。
「負け戦なのは分かっている」
巨大な資金と結びついた「大衆芸術」が、パッケージとなってネットや巨大流通に乗って世界中で売りさばかれる。だが、目の前で繰り広げるライブに生きる彼らは、パッケージ映像にはそぐわない。
だが、着実にその威力は現代社会に広まっている。
毎年、愛知県の豊田大橋で開催される「橋の下世界音楽祭」。世界からミュージシャンが集まって開催されるが、切腹ピストルズは年を追うごとに盛り上がり、中心的な存在になってきている。今年5月、最終日に登場すると、会場は大狂乱と化した。

「なぜ、彼らが一番盛り上がるのか。それは、一番正しいからです」(福住)
目の前で繰り広げられる演奏は、そのまま観る者のために音が奏でられる。その相互作用に、音楽という芸術の本質がある。多くの演出と電子機材を通してきれいにまとめられたパッケージソフトでは伝わらないものがある。彼らの地面と空間を揺さぶるような演奏を目の前にした時、忘れかけていた土着の魂と芸能の本質が蘇ってくる。

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