度重なる出来事に揺れた95年に、京都出張があった。そこで、比叡山の仏教講座に気を止め、立ち寄ってみた。演壇に立った僧侶の風貌は、比叡山の風雪を耐えて修行を続けた迫力があった。そして、彼の言葉が心にひっかかる。

 「無常というものは、出家しなければ見えてこない」

 その言葉は、東京に戻っても消えることがなく、頭の中を巡った。その後、ことあるごとに座禅や写経のため比叡山を訪れるようになっていく。そして、叡山学院という僧侶を養成する専門学校の存在を知る。

 仏教の世界に急速に引かれていく。しかし、会社を辞めるわけにはいかない…。会社のデスクに向かっても、堂々巡りのようにそのことばかり考えるようになった。一度は、妥協策として都内にある仏教系大学の夜間部に通おうと考えた。ところが、調べてみると、入試が終わった直後だった。「来年まで待つのか」。そう考えると、次第に、会社で過ごす時間が無駄に思えてきた。

 そして、叡山学院に入学の願書を出す決意を固める。

 試験当日、筆記試験は難なく終わった。問題は、面接だった。教官は異色の経歴を見て、眉をひそめた。

 「あんた、会社をリストラされたのと違うか」

 その言葉を否定して、自らの思いを話していった。聴き終えた教官は、それでも思案し、こう締めくくった。

 「あんたを入学させるのは簡単だ。しかし、本当に後悔しないのか、時間をあげるからよく考えなさい」

 しかし、秋葉は長い時間をかけて決断するつもりはなかった。帰りの新幹線の中で決めよう。そう決意して帰路についた。このまま会社人生を続けるのか、築いてきたものをすべて捨て去るのか。列車は浜名湖を通り過ぎた。座席にもたれながら、胸の痛みを感じた。もう決めよう、いくしかない。

「周囲から歓迎されないぞ」

 会社に戻り、部長の出勤を待った。秋葉と部長は、人事部で2人だけ16年間も異動せずに働いてきた「同士」でもあった。

 エレベーターが開き、部長が降りてきた瞬間に声をかけた。

 「ちょっと話があります。会議室へ」

 そして、ドアをしめるなり土下座をした。それが、自然な形だと思った。昇進させたばかりの部下が、退社して仏門に入る。こともあろうに、人事部長がそんなことを許せば、社内に示しがつかない。用件を聞き終わって、部長は顔をこわばらせた。

 「配置に不満があるのか」

 そうではないことを説明するが、にわかに納得してもらえない。

 「おまえ、この決断は周囲から歓迎されないぞ。1週間、考えてみてくれ。俺も考えるから」

 数日後、ふたたび部長の席を訪れて、決意が変わらないことを伝えた。部長はあきらめ顔でこう言った。

 「社長に話したら、『宗教に走ったやつは、止めても無駄だ』と言われたよ」

宗教界ピラミッド

 阪神大震災などの事件から1年後の96年、44歳の時、頭を丸めて比叡山に入る。それから5年間、仏教を学ぶことになる。夏休みになっても、すべてを捨ててきた東京に戻る気にならなかった。そのまま、「おみくじの創始者」と言われる第18代天台座主(天台宗の最高位)、元三大師(良源)の住居跡とされる元三大師堂で過ごした。

 5年間の後半は、比叡山文化研究所で助手を務めた。そして、いくつかの論文を書き残している。その中に、「因果」について書かれたものがある。

 仏教用語でいう「因果」とは、今起きていることが過去の結果であり、また将来の原因になるという考え方を指す。それは修行の世界では有用と言えるが、真実の世界でも存在するものなのか。対立する学説を持ち出しながら、真実の世界に因果は存在する、と結論づける。そうでなければ、僧侶が人々に仏陀の教えを話し、経を読むように説くことに価値がなくなる、と考える。

今でも仏教の奥義を学び続ける
今でも仏教の奥義を学び続ける

 それは、無念のうちに亡くなった人々や、そのことに思い苦しむ残された人への、宗教ができることの「現実解」から導いた秋葉の結論でもある。

 「世襲が多い仏教界でも、外の世界から入ってくる人はいる。だが、学究に入れ込んで、現実との折り合いがつけられず、消えていく人が多い」。叡山学院でともに学んだ櫻井は、多くの挫折を目の当たりにしてきた。そんな中にあって、秋葉は仏教をより深く学び続けながら、現実の世界に有用な形で取り入れていく稀有な存在だという。

 その秋葉は、卒業を控えたころ、50歳を迎えようとしていたため、大きな寺院で役僧(勤務僧侶)になる道はないと思い、自ら寺を開く決意をしていた。そんな折、東京・上野の寛永寺清水観音堂から声がかかり、立派な寺院で僧侶を務める道が開かれる。

 ところが、寺に入ると、そこは仏教というピラミッド組織に組み込まれた「タテ社会」の一部でもあった。

 「サラリーマン坊主」。秋葉はそう振り返る。会社を辞めて組織社会から抜け出したつもりが、宗教界の強固な組織体制を経験することになる。そして、しがらみから抜けるため、2年後に自らの小さな寺を持つ。できるだけ、組織ピラミッドとは関わらないようにして、自由な身で信者に接しようとしている。モノもできるだけ持たない。執着がなければ、真実に近づくからだという。

2階には経をあげる部屋を作った
2階には経をあげる部屋を作った

 「少欲知足」。得られていないものを欲せず、あるものに満足して心が平穏なことを指す。「要するに、幸福かどうかは、自分の考え方で決まるということ」。秋葉はそう解説する。

 そして、生まれ育った街に戻ってきた。そこは、モノはないが、「幸福感」のある場所だった。

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