(写真=ユニフォトプレス)

「何か質問はあるか」――上司がごり押しにきた。

「先ほどの話ですが、現場の声をもう少し聞いてから判断されてはいかがでしょうか。違った見方があるかもしれません」と私。

「いいか、俺の言ったように段取りはできているんだ。正しいことを正しい順番でやるのが仕事だろう。少しは空気を読め! そんなことも分からないなんて、君はほかの部署で働きたいのか」

「……」(口の中で呪いの言葉をつぶやく私)

 パワハラ、セクハラに対する社会の目が厳しくなっている昨今、こういったあからさまなごり押しをする上司は、昔に比べると、だいぶ減っているはずだ。

 だが、言い方はソフトでも、実質はこれに近い発言をする人はまだまだ残っている。

 会議の場にこうした上司がいると、なかなか話が進まない。

 それが直属の上司ならばなおさらだ。

 彼らに反対意見を言うなんてもってのほか。勇気を出して建設的な反論をしてみても、すごい勢いで反撃されてしまったり、後で冷ややかな扱いを受けたりする。そんな経験を持つ人も多いはずだ。

 みなさん、お気づきだろう。

 どんなに社会の目が厳しくなっても、パワハラ上司はまだまだ存在する。それも、あなたの目の前に。

 その中でも自分の考えばかりを押し通す“ゴリゴリ系”パワハラ上司には、得てして次のような傾向が見て取れる。

“ゴリゴリ”系パワハラ上司にありがちな行動パターン例

 一つは、行動経済学でいう「見たものがすべて」の傾向だ。

 英語で言うと「What You See Is All There Is」。「WYSIATI」と略される。自分が知覚できる狭い範囲で物事を判断してしまう傾向だ。この傾向にある人たちは、自分の見たこと、経験したことをすべてととらえ、そうでないものをバッサリと否定する。

 もう一つは、「自己愛性パーソナリティ障害」的な傾向。「NPD」(Narcissistic Personality Disorder)と言われるもので、自分が人より優れた存在だと信じているため、周囲からの賞賛を求める一方で、他人の発言や都合を軽視し、時には高圧的な態度を取ったり攻撃的だったりする。この傾向を持つ人は、その事実に自分は気付いていないことが多い。まさに裸の王様である。

 このような傾向を持つ人がプロジェクトの判断を下すポジションにいると、部下やメンバーはかなりの確率で辛い思いをする。

 多くの場合、パワハラ上司たちは、正しい決断ができない。もちろん2つの傾向を持っていても、ずば抜けた才能を秘めた人もいる。

 下にいる人間は大変かもしれないが、彼らはたった一人の力で優れた成果をあげてしまう。しかしそういうカリスマは滅多にいない。だから多くの場合、パワハラ上司の下でいい結果を生むことは期待できないのだ。

 上司が部下やメンバーの指摘を受け入れられる心理状態にはないから、チームとして機能することはほとんどない。

 当然、パワハラ上司の下で行われるプロジェクトの成功確率はたいてい低い。

 では、他人の話を聞かない「WYSIATI」や「NPD」的なパワハラ上司がいる場合、プロジェクトや普段の業務をどう進めればいいのか。