前監督、前コーチが陥ったであろう「損失回避バイアス」

 カーネマン教授によれば、人には「利益」よりも「損失」に敏感で、「損失」に対しては恐怖を抱き、より強く避けたいと思う性向がある。下のグラフのように、同じ量の「損失」と「利益」があった場合、「損失」の方に強く突き動かされ、そこからの回避を優先しようとするのだ。既に大きな「損失」がある場合には、「損失」の大小はあまり問題ではなく、大きなリスクがあっても逆転を狙うような行動に出ることがある。ギャンブルなどでよく見られる行動だ。

人は利益よりも損失に敏感で、より危機回避的である。ダニエル・カーネマン教授は、利益と損失が同じ程度だとすると、損失に対しての行動意欲の方が高いことを示した

 この「損失回避バイアス」を、今回の前監督、前コーチが登場した緊急会見に当てはめてみよう。ここでは前日に選手が開いた会見での主張が正しいという前提で話を進めてみる。

 会見で2人が語った主旨は、以下の通りだ。

 内田前監督:「私は指示をしていない」

 井上前コーチ:「つぶせとは言ったが、ケガをさせる目的では言ってない」

 2人とも選手の主張は認めていない。その結果、2人の言葉に誠意がないと猛烈に批判された。

 私は、2人の主張は、「損失回避バイアス」に陥ったためのものと考える。つまり選手の主張を100%認めることによる「損失」の大きさに怯えて、こうした発言をしたというわけだ。もしくは、既に袋叩きのように非難が殺到している辛い状況から何とか抜け出したいという一念で、「認めない」というリスクを取ったのかもしれない。いずれにしても、「損失回避バイアス」の罠にとらわれたと考えるとうなづける言動だった。

 2人の指導者は、選手の主張にあった「そうするよりほかない状況に追い詰められた」という最も重要なメッセージを読み取れていなかった。そして、これこそが取材陣からも世間からも選手の主張を「認めていない」と判断された最大の理由だった。

 会見の2人の言葉を分析してみると、「選手をそうするよりほかない状況に追い込んでしまったこと」は否定していない。それなのに、2人は「言った」「言わないか」や「どのように言ったか」ばかりを説明したため、選手の主張を全否定しているような印象を与えてしまった。

 なぜこうなったのか。

 2人には、そこに気がつく感性がないからだとバッサリ切り捨てることもできる。だがそれは乱暴すぎる。選手の主張を100%認めることに強い恐怖を感じたからだと考える方が自然だ。

 つまり、選手の主張を「どのような目的でどんな言葉で言ったか」まで含めて100%認めることによる「損失」が大きいと感じ、その恐怖に負けた。もしくはリスクを取ってでも四面楚歌の状況から一刻も早く抜け出したいという一念にとらわれた。

 だから自分たちの主張を通そうと頑張ってしまったように見える。そうであれば、これはまさしく「損失回避バイアス」の罠だ。