「世界最大の配信サービス企業」という名をほしいままにしているネットフリックス。もっとも、消費者のニーズが写真から動画にシフトするにつれて、動画配信市場の競争は激化しつつある。
米アマゾン・ドット・コムはプライム会員向けの無料サービスの一つとして映像コンテンツに力を入れている。マーベルを傘下に抱える米ウォルト・ディズニーも2019年にディズニーブランドの動画配信サービスを立ち上げると発表した。それ以外に、米アップルが映像コンテンツの配信を表明している。
大手が続々と本格参入する中でネットフリックスは勝ち残ることができるのか――。市場の関心はその一点に集まっていると言っても過言ではない。コンテンツに多額の資金を投じるネットフリックスの戦略は奏功するのか、その戦略をひもとく。
(ニューヨーク支局 篠原匡、長野光 =敬称略)
3月上旬にハリウッドオフィスで開催されたCEO記者会見で、会場が笑いに包まれた一瞬があった。「アマゾンやディズニーという競合についてどう考えているのか」という弊誌の質問に対して、ヘイスティングが「巨大企業がネットフリックスをぶち殺そうとしているが、その中でどうやって生き残ろうとしているか、という質問でいいね」と聞き返した場面だ。こういった質問には慣れているのだろう。
ヘイスティングはアマゾンを念頭に、「成功しているのはネットフリックスだけでない。こういった企業との戦いは長期的に続く」と語ると、「他社の戦略は言うなれば幅。あらゆる分野に乗り出して、少しずつ範囲を広げることで勝利しようとしている。一方でネットフリックスがすべきことはフォーカス。だからこそ、情熱的で優れたサービスを展開できる」と続けた。
確かに、アマゾンはコンテンツ投資に45億ドルという巨費を投じているが、彼らにとって動画配信サービスはプライム会員をつなぎ止めるための手段であり、他の無料サービスの一つでしかない。それに対してネットフリックスは動画配信サービスの専業。配信やコンテンツ、UIなどあらゆる面で顧客満足度を向上させ続けなければ未来はない。逆に言えば、動画配信サービスでトップを走り続けているのはそれができているからだ。
米国人なら誰でも知っているネットフリックスの赤い封筒(写真:AP/アフロ)
その中でカギを握るのは、やはり独自コンテンツのヒットだろう。既に述べたように、独自コンテンツの制作に踏み切ったのはライセンスに伴う制約にある。自社で作品を作れはグローバル配信などの自由度が増す。それにライセンス作品は基本的にカネさえ払えばどこの会社も配信できるが、独自コンテンツを作ればライバルとの差別化につながる。
一方で、独自コンテンツの制作にはライセンス料の高騰に対応するという狙いもある。
先に述べたように、アマゾンやアップルなど巨大プレイヤーは動画コンテンツの配信に積極的だ。プレミアムケーブルテレビ局のHBOやディズニーのようなコンテンツ制作会社も自社配信に乗り出したか、乗り出そうとしている。動画コンテンツを巡る競争が激化する中でライセンス料が高騰していくのは必至だが、自社制作のコンテンツであればある程度のコストコントロールが可能だ。
「2008年にネットフリックスに加わった時、ストリーミングのチームは私を含め8人しかいなかった。その当時は会社がここまで来るとは全く思わなかったよ」。そうチーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)のピーターズが述懐するように、10年前はオンラインのDVDレンタルが主力だった。だが、2010年ごろにピークを打った後、DVD市場は急速に縮小している。ネットフリックスが時代の変化に抗うことができたのは、DVDレンタルの利益が出ているうちに動画配信に舵を切り、自ら構築したDVDレンタル市場を破壊したからこそだろう。
今回の独自コンテンツの制作も同じ文脈で位置づけることができる。動画配信プラットフォームとコンテンツ制作ではビジネスモデルが大きく異なる。だが、今後予想される荒波に先手を打つために、それまでに構築したビジネスモデルを自ら修正したのだ。
制作会社の機能を抱え込んだことで生じた困難もある。
レンタルビデオチェーン、ブロックバスターは収益源は90%が新作だったのに対して、DVDレンタル時代のネットフリックスは人気の低いロングテールのDVDが収益源と言われていた。アマゾンと同様に、「店舗の棚」の制約を取り除くことで顧客の心をつかむことに成功したと言える。ところが、自社コンテンツの制作にシフトしたことで、ヒットを出し続けなければならなくなった。これはロングテールではなく、ヘッドに焦点が移ったということを意味する。
しかも、独自コンテンツの増加で投資金額が増加している。
ライセンス投資のコストを適切に管理するために独自コンテンツを増やしていると書いたばかりだが、一気にタイトル数を増やしているため、コンテンツ支出自体は増大している。2016年に50億円だったコンテンツ予算は2017年に60億ドル、2018年に80億ドルと右肩上がりで増加している。既に、CBSやNBCなどのテレビ局を上回る規模だ。
その投資を支えているのは、会員増に伴う会費収入もさることながら、社債を中心にした借り入れだ。
ネットフリックスのコンテンツ配信に伴う債務を見ると、2018年3月時点の債務は179億ドルと、2015年3月時点(97億ドル)の倍近い。この4月にも19億ドル相当の優先債を発行した。ここ数年、毎年のように10億ドルレベルの社債発行を続けている。今が勝負所と考えているのだろう。
その戦略は今のところ奏功している。有料会員がグローバルで伸びていることで、ネットフリックスの時価総額は1500億ドル近くまで増加した。「相対的に見れば社債は極めて安全」とヘイスティングが言うように、会員の増加に伴う高株価が旺盛な社債需要の背景にある。言い換えれば、会員増が続いている限り、負債によるコンテンツ投資は正当化される。
アマゾンはHBO、ディズニー、アップルなどライバルとの競争が激化する前に、ネットフリックスは高品質なコンテンツの物量を武器に、グローバルな映像コンテンツプラットフォームとしてのデファクトを固めようとしている。利益の大半をつぎ込んでeコマースのプラットフォームを構築したアマゾンと同じだ。そうなれば、ディズニーも自社コンテンツを出さざるを得ないかもしれない。
もっとも、「会員の伸びが止まれば違うストーリーになる」とヘイスティングが認めるように、会員数の伸びが不安視されればすべては逆回転を始める。ネットフリックスはデータを活用することでコンテンツの打率を上げると同時に、グローバル化を進めることでコンテンツ1本あたりのROIを高めようとしている。だが、映画やドラマで当て続けるのは神の領域に近い。
デファクトが先か、会員の伸び鈍化が先か――。ネットフリックスは世界を股にかけたチキンレースを演じている。
Powered by リゾーム?