この連載では企業戦略の文脈でこれまであまり語られてこなかった、人を引きつける「物語」の効果を紹介しています。ビジネスパーソンは物語をどのように活用すればよいのか。私たちは『物語戦略』という本にヒントをまとめました。
今回は、九州で事業展開するホームセンター「ハンズマン」のケースを紹介します。ハンズマンは、「こんなものまで売っているのか」と、来店客を驚かせる品ぞろえの多さで知られています。例えば、普通は左右セットで販売する作業用軍手を、左右の片方だけがほしい人のためにバラで売っています。この「片方だけの軍手」というシンボリック・ストーリーが、「あの店に行けばどんなものでもある」という評判を生み出しているのです。
(前回から読む)
九州で店舗展開するホームセンターのハンズマンで売っている軍手は、左右セットになった商品だけではない。片方だけでも販売している
社内に眠っている物語の「3タイプ」
■図 シンボリック・ストーリーの3タイプ
それぞれの企業に合ったシンボリック・ストーリーを探すには、企業の物語を上の図にある3つのタイプに分類してみることが有効だ。3つの視点で各企業にまつわる物語を見直していくことによって、自社の強みを象徴する物語を探索しやすくなる
シンボリック・ストーリーは、大きく分けて3つのタイプがあります。
まず創業者や伝説的技術者、著名な顧客など「人的資源」に関する物語があります。また時代を変えた商品や驚くような技術、サービスなど「物的資源」に関する物語もあります。さらには、業務プロセスやオペレーションなど「組織資源」に関する物語があります。この3つがシンボリック・ストーリーの大分類です。
それぞれのタイプには、後述するように、期待できる効果があります。『物語戦略』の中では、3タイプそれぞれについて事例と効果を解説しましたが、ここでは「物的資源タイプ」のシンボリック・スト-リーの例を紹介しましょう。商品や技術などに物語が宿っているケースです。
この連載の1回目で紹介した「タイタニック号のルイ・ヴィトン」はその典型ですが、物的資源タイプの物語は有名ブランドだけのものではありません。
「あの店に行けば必ずある」という評判
九州で店舗展開するホームセンターのハンズマンは、「片方だけの軍手」という物語をシンボリック・ストーリーにしています。ハンズマンは「おっ、こんなものまで売っているのか」と、来店客を感動させる品ぞろえの多さで知られていて、その象徴的な商品が作業用軍手なのです。
軍手は普通、右と左のワンセットで販売されます。ところがハンズマンでは右と左をバラで売っています。手袋の片方をなくしてしまったときに「片方だけ、半額で売ってくれないかな」と思ったことはありませんか。ハンズマンはそういう普通のお店では対応してくれないニーズをすくい上げています。
ハンズマンはボールペンの中身のインクやシャープペンシルの消しゴムも単品で売っています。ネジも約3000種類。通常の右巻きだけでなく、左巻きのネジまで置いてあります。アマゾンのようなネット通販なみの「ロングテール理論」を実践しています。
ハンズマンのホームページにはこうあります。「ハンズマンに行けば必ずある」「ハンズマンに行けば新しい発見がある」。これを有言実行し、強く印象づける店舗運営を徹底しています。
「死に筋」含む膨大なアイテム数で、商圏とリピーターを拡大
販売効率を度外視したこうした商品が積もりに積もって、商品点数は現在18万5000アイテムに達しています。ホームセンターの業界平均は3万5000アイテムぐらいだそうですから、平均の5~6倍のアイテム数があるということになります。
では、膨大な死に筋商品と高い人件費という「ダメだらけ」の経営で、どうやって利益を上げるのでしょうか。答えは商圏の広さとリピート率です。はるか遠くの場所からハンズマンに客が訪れ、熱心なリピート客になっていきます。ハンズマンの商圏は15~20キロメートルといわれます。これは一般的なホームセンターと比べると、かなりの広さです。
それもこれも、「片方だけの軍手」という商品にまつわるシンボリック・ストーリーが、「あの店に行けば必ずある」という評判を生み出し、効率化の逆を行くビジネスモデルを駆動させているのです。
「ハロー効果」で独自のビジネスモデルを強化
ハンズマンの軍手のような「象徴的商品」は、その商品の直接的な利益貢献ではなく、ビジネスモデル全体へ波及する効果を発揮します。
これは心理学者エドワード・ソーンダイク氏が示した「ハロー効果」です。ハロー効果とは、人が物事を判断する際、何か特徴的なものがそこにあると、判断基準がその特徴的なものに引っ張られて、良くも悪くもその評価が歪められる傾向にあるというものです。
良い方向性のハロー効果はポジティブハロー効果、悪い方向性のものはネガティブハロー効果と呼ばれます。人を見た目で判断したり、学歴や出身地、血液型などでイメージを持ったりしてしまうのも、ハロー効果と言えます。
ハンズマンの「片方だけの軍手」は、ポジティブなハロー効果をもたらすことによって、ビジネスモデルを強化しているのです。
「買ってよかった!」と思わせる物語
シンボリック・ストーリーの3つのタイプの残る2つ、「人的資源タイプ」と「組織資源タイプ」の効果も、簡単に紹介しておきましょう。
創業者や伝説的な技術者、著名な顧客などの物語から派生する人的資源タイプのシンボリック・ストーリーは、自分の購買決断は正しかったのかという、買い手の「認知不協和の解消」に絶大な効果を発揮します。「この企業から買ってよかった」「この企業なら間違いない」という信頼感を獲得することは、企業の永続性にとって、ことのほか重要な資産となります。
継続的にカイゼンを促進していく組織風土やオペレーションなどの、組織資源タイプのシンボリック・ストーリーは、社内において「ミッション(重要な任務)効果」を発揮します。「組織のクセ」としてミッションが定着し、行動原理になった時、このミッションは顧客からの信頼だけでなく、そこで働こうと応募する人たちにも確実に伝播されて普及していきます。そのミッション効果が現場のオペレーションを永続的に深化させていくことにつながっていきます。
『物語戦略』発刊記念トークイベント
日経BP社は6月14日(火)夜、東京・早稲田の早稲田大学早稲田キャンパス内で無料セミナー「物語戦略で勝つ」を開催します。
早稲田大学ビジネススクールの内田和成教授ほか、『物語戦略』の監修者・著者が登壇し、シンボリック・ストーリーを武器にする戦い方を解説します。皆様のご応募をお待ちします。
お申し込みはこちらから。
■日時:2016年6月14日(火) 19:00~21:00(18:30開場)
■会場:早稲田大学 早稲田キャンパス 11号館501教室
(東京都新宿区西早稲田1-6-1)
■参加費:無料(事前登録制)
■定員:約200名
著者:内田和成 早稲田大学ビジネススクール教授
東京大学工学部卒業。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。日本航空を経て、1985年ボストンコンサルティンググループ(BCG)入社。2000年6月から2004年12月までBCG日本代表を務める。2006年から現職。
著者:岩井琢磨 コミュニケーション戦略プランナー
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。広告会社に入社後、インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランドコンサルタントなどを経て現職。製造業、流通サービス業界を中心に、企業ブランド戦略および企業コミュニケーション戦略の策定・実行支援のプロジェクトを数多く手がけている。
著者:牧口松二 マーケティング・ディレクター
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。広告会社に入社後、ブランドコンサルティング会社の創立メンバーに加わり執行役員に就任。その後現職。製造業、流通業、店舗型サービス業界を中心に、事業戦略、ブランド戦略の策定・実行支援、サービスクオリティマネジメントなどのプロジェクトを数多く手がけている。
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