その物語は競争優位につながるか?
こうして見ると当たり前の事柄のように見えますが、実際の自社のコミュニケーション活動を振り返ってみるとどうでしょうか。
トリビアや自慢話であっても、露出しないよりは露出したほうがいいという判断から、そこに予算や時間を投資していることはないでしょうか。トリビアであっても、メディアや口コミで多く取り上げられれば露出量は稼げるでしょう。また自慢話であっても、広告を大量に投下すれば認知は取れるでしょう。それは露出量や認知率でコミットしている広報・広告などのコミュニケーション担当セクションにとっては重要な成果なのです。短期的な成果としては、まったくの無駄だとは言えません。
しかし、それが企業のビジネスモデルを強化するか、持続的な競争優位につながるか、という視点から見れば、貴重な予算や時間を投資する対象とは言えないのです。
内容を絞り込んでこそ物語は伝播力を持つ
間違えやすいポイントのもう1つは、「フォーカス」です。シンボリックとは「象徴的」という意味です。フォーカスすることが欠かせません。絞り込むからこそ物語はおもしろくなり、幅広い層に伝播していく力を持ちます。
コミュニケーションという観点から考えると、どうしても「あれもこれも言いたい」という欲が出ます。しかし、シンボリック・ストーリーの抽出プロセスでは、「捨てる」という姿勢が欠かせません。ビジネスモデルを際立たせるテコとして機能する物語だけを選び出すことが重要です。
絶妙のフォーカスで成功した例として、ここでは近畿大学を紹介しましょう。
関西の受験業界には「関関同立」という言葉があって、これは関西大学・関西学院大学・同志社大学・立命館大学の私大トップ4校を指します。もうひとつ「産近甲龍」という言葉もあって、これは京都産業大学・近畿大学・甲南大学・龍谷大学というトップに次ぐ中堅上位校を指します。その中堅上位グループにいる近畿大学は、大学の戦い方の常識を打ち破りました。他校にはないシンボリック・ストーリーを核にして、独自のポジションを獲得したのです。
近畿大学の志願者数は、2014年度に10万5890人に達し、初の全国1位になりました。関西の大学が首位になったのは史上初という快挙でした。前年まで4年連続トップだった明治大学をはじめ、関東の人気校や、関関同立をおさえての、驚異的な躍進でした。また2015年度も第1位を獲得し、2年連続の首位となりました。
近畿大学が放ったシンボリック・ストーリーは「マグロの物語」です。
「実学教育」の象徴、マグロを前面に打ち出す
近畿大学は、世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した大学です。近畿大学・水産研究所は1970年から研究に取り組み、多くの研究所が「不可能」と諦める中、30年以上もの試行錯誤を経て、完全養殖の「近大マグロ」を生み出しています。
世界初のクロマグロの完全養殖に成功したのは、熊井英水教授をリーダーとする研究チームです。その起点には、終戦後間もなく水産研究所を立ち上げ、日本の食糧難に立ち向かうためにハマチやタイなどの養殖に取り組んできた原田輝雄博士の実績がありました。そして当時からその魚を卸市場で販売し、研究費の一部をまかなっていたといいます。
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