これからの外食チェーンに求められるのは「居心地の良さ」を追求し、「家族や仲間との絆を深める場」を提供すること。その先端を行く茨城県の和食チェーン「坂東太郎」と、愛知県のコーヒーチェーン「コメダ」の取り組みを追った。
*当連載は、日経ビジネス2016年5月16日号特集「外食崩壊 ~賞味期限切れのチェーン店~」との連動企画です。
和食ファミリーレストラン「ばんどう太郎」古河店(上、茨城県古河市)。家族連れで食事を楽しみ、3世代での利用も多い(下)(写真2点:都築 雅人)
関東平野のほぼ中央に位置し、埼玉県や栃木県と境を接する茨城県古河市。幹線道路を進むと、日本の伝統的な家屋を模した風情ある建物が姿を現した。北関東を中心に展開する和食ファミリーレストラン「ばんどう太郎」古河店だ。
だんらん目的で集える工夫
記者が訪れたのは、大型連休前半の4月末。ちょうど昼食時とあって店内には客足が絶えず、食事を楽しむ家族連れの姿が多く見られた。
ばんどう太郎の売りは、だんらんを目的に集うグループ客が楽しめる工夫を随所に凝らしている点だ。店内には「お食い初め」や七五三祝いなど、日本の伝統的な慣習に則った行事ができるよう、専用の和食器やメニューをそろえている。「家族レストラン坂東太郎」などグループの他の業態では、子供が両親や祖父母にプレゼントする料理を作れる専用のキッチンを設けている店舗もある。
運営会社の「坂東太郎」は1975年創業。特徴的な店づくりの根底にあるのが、創業者の青谷洋治会長の「日本の家族の絆が薄れている」という危機感だ。青谷会長は「お客に腹いっぱい食べてもらい、儲かれば良いという時代は終わった。今は、来店客の中の家族関係にまで入り込むような、人の温かみが感じられるきめ細かいサービスが求められている」と話す。
サービスの質を上げるために、坂東太郎が2006年から取り組んでいるのが「女将さん」制度だ。店舗ごとに優秀なパート従業員を「女将さん」に任命し、割烹着姿で店内サービスの取り仕切りを任せる。常連客の顔や名前、食べ物の好み、家族構成などをほぼ把握していて、女将さんに馴染み客がつきやすい。常連客の来店を聞いて、休みにも関わらず店舗に顔を出す女将さんもいるという。坂東太郎では、他のスタッフの礼儀作法などを指導する「花子さん」というパートも配置している。
女将さんや花子さんの制度は、従業員やその家族が坂東太郎で働くことに誇りを持ち、やる気を引き出すことにもつながっている。栃木県のある店舗では、小学生の子供から「割烹着姿で授業参観に来てほしい」と頼まれた女将さんもいるという。
居心地の良い雰囲気の中、ゆったりとした時間を過ごしながら、来店客が仲間や店員と会話を楽しめる。これが、「中食」にはない、外食ならではの喜びだ。
コメダが展開する「コメダ珈琲店」は、お客にこうした時間を提供すべく先駆的に取り組んできたコーヒーチェーン。ドトールコーヒーやスターバックスコーヒーなどセルフ式のカフェが全盛となる中でも、コメダ珈琲店は注文したメニューを客席まで運ぶ「フルサービス」を1968年の創業当初から変えていない。これが逆にシニア層らの根強い支持を集めている。
時代がコメダに追い付く
コメダの臼井興胤社長は「創業時から変わらず提供するサービスに、時代のニーズがピッタリ合ってきた」と話す(写真:大槻純一)
朝にコメダの店舗をのぞくと、毎朝決まった場所に腰を下ろす客から軽装の客まで、様々な常連客の姿を見ることができる。平均滞在時間は約1時間にも上る。
コメダを率いるのは2013年7月に社長に就任した臼井興胤氏だ。臼井社長はコメダ創業者の加藤太郎氏のアドバイスも受けながら、経営に当たってきた。「特別な秘訣はない。これまでのサービスを変えず、地道にこつこつと続けてきた結果。時代がコメダに追い付いてきた」と人気の理由を分析する。
国内で外食産業が発展し始めたのは、日本経済が高成長を続けた1970年代。「早メシ」という言葉が象徴するように、当時は仕事の合間に短時間で効率良くお腹を満たすことが優先された。また、メニューの調理から提供までの効率的な作業、マニュアル通りの接客などを武器とした米国のチェーンビジネスが日本で一気に普及したことも大きかった。
だがバブル崩壊後、日本経済は一転して長期低迷が続いた。その中で消費者は飲食店に、「居心地の良い空間や語らいの場所」という、チェーン店拡大の一方でそぎ落とされてきた役割を再び求めるようになった。それが、坂東太郎やコメダが根強い支持を集め続ける理由だろう。
坂東太郎の青谷会長は「外食産業は『競争』の時代から、今後は『共創』の時代になる」と見通す。消費者の意向を聞きながら、喜ぶものを外食企業と消費者が共に創り上げる――。
企業としては、コストをギリギリまで絞るなど効率性を優先しながら利益拡大を目指すのは当然だろう。ただし、効率最優先の競争の先に待つのは、外食ならではの喜びを消費者に提供できなくなり、訴求できるのが価格だけ――といった飲食店の増殖ではないだろうか。
提供する料理や顧客との会話に工夫を凝らし、顧客の満足度を高める新たな価値を、切磋琢磨しながら創り上げる。これが、飲食店経営の醍醐味だろう。従来のチェーン理論から一歩距離を置いた新しい潮流の飲食店が、次々と誕生することを期待したい。
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