大手外食チェーンの新業態開発は死屍累々の歴史だ。大企業病によって店の個性や創造性が阻まれて、創業者のアイデアに満ちた「個店」に負ける。ではどうすれば活路が開けるのか。模索を続ける大手チェーンへの取材を基に、そのヒントを探る。
*当連載は、日経ビジネス2016年5月16日号特集「外食崩壊 ~賞味期限切れのチェーン店~」との連動企画です。
大手ハンバーガーチェーン「モスバーガー」を展開するモスフードサービスは、新業態を産みだす難しさを痛感している大手外食の一社だ。以前からモスバーガーに次ぐ柱を求め、開発を繰り返してきた歴史がある。中華どんぶりの店「上海市場」、豆腐と鶏料理の居酒屋「まめどり」、ハンバーグとステーキの店「ステファングリル」──。1986年に生まれたラーメン店「ちりめん亭」は、100店以上になったが、2013年に売却している。
失敗の歴史から学ぶ
数々の苦い経験を経て、モスフードサービスは2014年10月、新業態の開発に向けたスキームを見直した。1つのアイデアに対して「参入目的」や「事業の魅力度」「実現性」「既存事業との関連性」などの項目別に評価・検討を行い、その内容を経営陣の間でも共有。明確なルールの下で事業に取り組めるようにしたほか、撤退の基準もきちんと定めるようにした。
新規事業に取り組む際の基本的な考え方についても共有を図った。規模は小さくともまずは市場に出して、仮説検証を進める。「小さなPDCAを高速で回転するイメージ。外食の業態開発の場合、店を作って運営し、結果が出るまでに一定の時間がかかってしまう。今までと違うのは、仮説に沿った試行錯誤をとにかくスピーディーに繰り返す点」と千原一晃執行役員は話す。
事業担当者を公募制で選ぶようにしたのも特徴だ。それまでは辞令で任せる形だったが、櫻田厚会長兼社長は「やる人の覚悟が大事。サラリーマンとしてではなく、”起業家”として退路を断つぐらいの気持ちで臨んでほしい」というメッセージを出し、新業態に対する創業者精神を重んじることとした。
開発の進捗状況は全社で共有するなど全面的にバックアップ。試食会には社員が参加しやすいようにして、十分なサポートがないなか、担当者だけが頑張っているといった状態にならないようにした。
新体制の下で生まれた業態の一つが、フードコートでの展開を前提としたパスタの専門店「ミアクッチーナ」だ。パスタは同社の紅茶専門店「マザーリーフ」で使っている食材を一部導入し、モスバーガーで契約栽培している野菜をふんだんに使ったメニューを特徴に据えた。パスタや野菜というと女性客のイメージが強いが、フードコートに来る客層は幅広い。そこで、誰もが食べてみたいと感じられて、値ごろ感のあるメニューを揃えるように工夫した。
その一つが、「生ハムの彩りサラダとハーフパスタのセット」(税込み980円)だ。パスタはハーフサイズだが、ボリュームのある野菜と、海藻が入った球状の揚げパンが添えられており、食べごたえがある。
モスフードサービスが開発したパスタの店「ミアクッチーナ」。当初からフードコート向けの業態開発を目指し、事業担当者は社内で公募した
ミアクッチーナの看板商品「生ハムの彩りサラダとハーフパスタのセット」(税込み980円)。添えられている海藻入りの揚げパン「ゼッポリーニ」は、ミアクッチーナのオリジナル商品
開発担当者は1号店のオープン後、“狙い通り”の光景を目にした。体格の良い男性の3人組が、このセットをおいしそうに食べていたのだのだという。千原執行役員も、高齢の夫婦2人が食事を楽しむ様子を見て手ごたえを得た。「夫婦で『専門店のスパゲッティはおいしい』と会話しながら、おはしでパスタを食べていた。この気軽な雰囲気は、まさに目指していたものだった」と語る。
ミアクッチーナの1号店は2016年に3月に兵庫県尼崎市の商業施設「あまがさきキューズモール」に出店。4月末には奈良県橿原市のイオンモールに2号店を出店したばかりだ。
2号店のメニューは、1号店と全く同じメニューではなく、顧客の声を反映してパスタの量を増やすなどの取り組みもしている。1号店の売上高は計画通りで、2号店は計画の2割増となっているという。
創業者精神を貫くには“戦い”も必要
「とことん話し合って、戦うべき部分は戦う。社内に理解してもらわないと新業態は作れない」。こう強調するのは、プロントコーポレーション新規事業本部ディプント営業部の坪井大介副部長だ。
日中のカフェと夜のバーという二毛作業態「プロント」で成長してきたプロントコーポレーション。坪井副部長を中心に2010年にワイン酒場として立ち上げた新業態「ディプント」は、2012年からはフランチャイズチェーン(FC)展開もスタートし、現在は25店(6月上旬に26店舗目がオープン予定)。大規模な出店をしているわけではないが、着実に店舗数を増やしている新業態と言える。ディプントはワインを専門とした女性をターゲットにしたバルで、女性客が8割を超える店もある。
プロントコーポレーションが2010年に立ち上げたワイン酒場「ディプント」。女性客が8割を超える店もある
看板メニューの「生ハムとサラミのてんこ盛り」。このメニューは開発担当者の坪井副部長がイタリアのパルマ地方を旅行中に見た風景がヒントになっている。「板の上に生ハムを載せて、フォークですくいながら豪快に食べる地元の人の姿を見て、ひらめいた」という
創業者精神の発露を阻む「大企業病」
プロントコーポレーションはサントリーのグループ会社で、社内には「やってみなはれ」精神が根付いている。だが、そんな中でも、作りたい業態のイメージを理解してもらうには時間がかかったという。「自分は中途採用で会社に入って10年ほどだが、周りには社歴が長く、プロントへの愛着心が強い人も多い。全く新しい業態を理解してもらうための説明は手間を惜しまなかった」と坪井副部長は話す。
坪井副部長が心掛けたのは、会社が培ってきたものを生かしつつも、新業態の根幹となる部分については妥協せず、繰り返し周囲に理解を求めた上で実行するという点だ。例えば、ディプントで取り扱っている生タコは、プロントと共通のものを使用した。一方で、ドリンクメニューにはこだわり、プロントで提供しているようなモスコミュールなどのカクテルは導入しなかった。それは、テーブル上の見た目にこだわったからだ。「女性同士でワイン酒場に来たというシーンや記憶を共有してもらうことを目指した」(坪井副部長)。
外食業界は参入障壁が低く、新業態も模倣されやすい。産みの苦しみに比べて、その“寿命”は思ったよりも早く来るかもしれない。だが、その新陳代謝の繰り返しが業界の歴史そのものであり、その市場で勝ち残って初めて、一過性のブームではなく不可欠な飲食店として消費者に受け入れてもらえる。
大手外食チェーンの場合、主力業態への依存度が高く、新業態を作っても、どうしても「片手間」の仕事になってしまいがち。また、スケールメリットを追求する結果、特徴を欠いた「万人向け」で面白みのない店が生まれるケースも少なくない。こうした「大企業病」から脱却し、魅力的な新業態を開発できるか。 成否は、会社全体で熱を帯びた創業者精神を取り戻せるか否か、さらに言えば、創業者精神の発露と継続を支える組織づくりにかかっている。
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