「選挙期間中、トランプは希望の欠如がドラッグの蔓延を招いていると語り、人々の熱狂的な支持を得た。まだ100日しか経っていないが、彼がしていることは確実に支持を集めている」

 ウェストバージニア州商工会議所の会長、スティーブ・ロバーツはそう指摘する。トランプ大統領の支持率は歴代最低水準だが、米ギャラップによれば、ブルーカラーが中心のアパラチア山脈周辺のカウンティ(郡)に限れば、2月の54.9%から現在は61.9%まで上昇している。

石炭にこだわるリスク

 もっとも、規制を緩和したからといって、石炭産業が復活するとは限らない。ウェストバージニア大学法学部教授のジェームス・ノストランドは懐疑的に見ている。

 「石炭産業を復活させる上での障害は環境規制ではない。安価な天然ガスであり、安価な再生可能エネルギーに押されている。つまり市場原理によるものだ。大統領は同時に石油・ガス産業の規制緩和も主張しているが、それによって天然ガスは石炭に対してさらなるアドバンテージを得るだろう。率直に言って、不当に期待が膨らんでいると思う。環境規制を過去に巻き戻したところで、石炭産業の雇用を取り戻すことはできない」

 トランプの主張を見ていくと、個々の公約は支持層に極めて魅力的だが、全体としてはつじつまが合っていないものが多い。石炭産業に甘言を弄しているが、現実には天然ガスの優位は揺るがず、そこに化石燃料産業を振興させる政策を打てば石炭には逆風となるはずだ。

 「州知事は“Coal Guy(石炭産業の出身者)”で大統領と同じことを言っている。『石炭産業の雇用を取り戻す、より多くの石炭を生産する』と。だが、ウェストバージニア州には天然ガスもあれば風力や太陽光もある。“石炭州”ではなく“エネルギー州”と捉えるべきなんだよ」

 ウェストバージニア大学があるモーガンタウンは州北部に位置する。米国北東部に広がるマーセラス・シェール層の一部のため、石炭に加えて天然ガスが採掘される。天然ガス価格の低下はそれなりに打撃とはなっているが、全体の経済状況は堅調に推移している。ピッツバーグなど大都市に近いため、アウトドアなどツーリズムも盛んだ。

 「だとすれば、石炭にこだわるのではなく、逆に産業の多様化を進めていくべきだ。ここには安価な天然ガスがあり、太陽光のエネルギー効率も上がっている。環境関連の雇用は化石燃料産業の雇用よりも大きい。だが、そういう政策を推し進める政治的勇気が恐ろしく欠けている。この州でそんなことを言えば、ほとんど非国民扱いだがね(笑)」

 産業の多様化に対する抵抗、言葉を換えれば「石炭に対するこだわりと自負」は、州の歴史と風土に深く根付いている。

 1800年代後半から1900年代前半にかけて、ピッツバーグで始まった産業革命を支えたのはウェストバージニア州の石炭であり、それを誇りに思っている労働者は少なくない。また、ウェストバージニア州に住む人々は質実剛健でプライドが高いと言われるスコットランド系移民の末裔が多い。それが変化を嫌う要因という指摘も聞かれる。

 「私の祖母はよくこう言っていました。自分は服を3着しか持っていない。一枚は着ているもの、もう一枚は洗っているもの、最後の一枚は日曜に着るもの、と。そういう文化が世代から世代に引き継がれているんです。弱さを見せちゃいけないんですよ」

 コテージビルの里親、キャリー・ソトメイヤーは言う。よく言えば質実剛健、悪くいえば固陋。時を超えて引き継がれるカルチャーが変化の障害という指摘も頷ける。

 そして、それがエピデミックのもう一つの要因でもある。

 「ここの人々は高校を卒業すると、大学に行くか、石油や石炭に関係した企業で働くか、あるいは軍隊に入る。2世代、3世代と軍隊に入る人も多い。それもオピオイド系鎮痛剤に関係あるんですよ。戦地から帰ってきた人にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)の人もいますが、プライドもあってセラピストにかかるのを嫌がる。弱く見えるからです。相手が誰であれ自分たちは敵と戦ってきた。でも、今はPTSDで悪夢に苦しみ、暴力の衝動に駆られ、そこから逃れるためにドラッグに走る。今の状態に陥る要因は複雑に絡み合っているんです」。ソトメイヤーはそう見ている。

 天然ガスなど経済の多様化が進みつつある北部、製造業が逆風に晒されている中西部、そして石炭産業が打撃を受けている南部と南西部──。同じ州内でも置かれている状況は異なる。だが、古今東西の産業史を振り返れば、新しいものを取り入れて多様化を進めていかなければ、古い産業に依存した地域経済はいずれ衰退する。

 トランプ政権が主張している大規模なインフラ投資が実現すれば、鉄鋼製品の需要が増えて石炭の需要も増えるという読みはある。だが、インフラ投資に対する共和党が支配する議会の優先順位は低い。石炭産業の雇用創出という主張と同様、現時点では空手形に近い。

閉鎖された炭坑内部。天井は低く、作業環境は劣悪だ(写真:Retsu Motoyoshi)

 就任100日を迎えたトランプ政権に、いまだ目立った経済的な成果は生まれていない。発足当初の混乱と、高官人事の遅れが響いていることは確かだが、主要な経済政策は本当に機能するのか懐疑的な見方も広がっている。とりわけ、製造業、そして石炭産業の復活や雇用創出は今のところ公約の域を出ない。当然ながら、結果が生まれる見通しも立たない。それでも、過去の栄光が脳裏に焼き付いているウェストバージニアの人々には、ほかに見出すべき夢も希望もない。