センサーは「部品」ではなく「データ」を売れ
神戸大学の三品和広教授が語る「センサーネット構想」
「日経ビジネス」4月25日号の特集「勝機はセンサーにあり」では、あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT時代」に、現場からデータを取得するセンサーに勝機があることを示した。
一方で、センサーを部品として売り切るだけでは、大量生産によって価格競争に巻き込まれる恐れがある。経営戦略の第一人者である神戸大学大学院経営学研究科の三品和広教授は「部品ではなくデータを売れ」と主張する。
神戸大学大学院経営学研究科の三品和広教授(写真:陶山 勉)
米国では既に「トリリオン(1兆個)センサー時代」を見据えた企業の取り組みが始まっています。三品先生も、著書「モノ作りでもインターネットでも勝てない日本が、再び世界を驚かせる方法」(東洋経済新報社)の中で、センサーの重要性と日本企業の勝機について説かれています。
三品:常にビジネスチャンスというのは、「ボトルネック」になっている場所にあります。プロセッサーなどの情報処理能力は著しく向上し、ビッグデータを解析する技術も進歩しました。AI(人工知能)によって、解析技術はさらに向上するでしょう。
しかし、肝心のデータを検知して信号に置き換える入り口が、ボトルネックになっています。それがセンサーです。私がセンサーに大きな商機があると考えているのは、ボトルネックを解消しようとする動きが必ず生じるからです。
既にビジネスとして成立しているビッグデータは、人々が検索した情報や購入履歴、メール、クリック情報など、全てデジタルの情報です。米グーグルやアマゾン・ドット・コムなどが得意な領域ですね。あらゆるものにセンサーが付くことで、データの範囲はデジタルからアナログに広がっていきます。
そこで何が起きるか。データをめぐる争奪戦が起きるでしょう。例えば、米ゼネラル・エレクトリック(GE)のビジネスを見てみましょう。GEは、センサーを組み込んだジェットエンジンを顧客に売っています。センサーから得た情報に、異常の検知、故障の予測などの付加価値を付けてサービスとして展開している。
エンジンのセンサーから得られるデータは誰のものでしょうか。あらゆるモノにセンサーが付く時代が訪れた時、モノの所有者は「データは私のものだ」と主張する可能性があります。今は多くのデータを所有するGEにコンサルティングを任せたほうが価値のある情報を得られますが、もしデータから簡単に異常を検知するソフトウェアが開発されれば、飛行機の所有者が自らデータを解析し、同様の予測をできるようになります。
つまり、データに付加価値を付けられる者が、新しいルールの勝者となるわけです。
そういう時代になった時に、センサーメーカーはどのような戦略を描けばいいのでしょうか。
三品:センサーメーカーには大きなチャンスが訪れていると思います。まずは最初に言った通り、ボトルネックになっているセンサーは今後、必ず増えていくでしょう。しかし、私は「部品」としてのセンサーには興味がありません。これまでのように、センサーを「部品」として売り切るだけでは、コモディティー化して1個=数円というビジネスにしかならないでしょう。
「ブルーオーシャンは公共空間にある」
三品:「モノ」としてのビジネスではなく、「データ」を売るビジネスにこそチャンスがあります。そのためには、ある製品に搭載するセンサーだけを売るのではなく、センサーを自ら設置するリスクをメーカーが取るべきです。
設置する場所はどこでしょうか?
三品:スマートフォンなどの個人所有物や、工場などの産業分野には、既に多くのセンサーが搭載されています。私は、ブルーオーシャンは公共空間にあると思っています。
誰かに言われたからセンサーを売るのではなく、自ら自治体などに掛けあってあらゆる空間にセンサーを設置する。そしてそこで重要なのは、得られた信号に、センサーメーカー自ら付加価値を付けることです。
例えば気圧センサーを屋外に設置したとしましょう。1つのセンサーから得られるのは、1カ所1時点の気圧に過ぎません。しかし、そこに時間を組み合わせれば、気圧の変化が分かる。複数のセンサーを組み合わせれば、気圧の流れが分かります。さらに、過去の気圧情報を分析すれば、ある地方で何分間に気圧がこのくらい変化したら雨が降ることが分かる。急激な変化によってゲリラ豪雨が発生すると分かれば、注意報や警報を出すことができる。
つまり、情報は加工すればするほど付加価値が高くなっていくのです。私が先ほど「データ争奪戦になる」と言ったのは、この付加価値を付ける作業がビジネスになるからです。データを加工するのがセンサーを買ったサービス事業者であれば、商機をつかむのはその事業者でしょう。しかし、メーカーが自らセンサーを設置し、加工まで手がければ、データを売る新たなビジネスができる。
そしてそのためには、どんなデータを取ってどう加工すれば価値が上がるというニーズの先取りが必要になります。
これまで「売り切りビジネス」が主流だった部品メーカーが簡単に舵を切れるのでしょうか。
三品:部品メーカーは危機感を持っていますよ。彼らは既に複数のセンサーとソフトウェアを一体化したセンサー・モジュールを売り始めています。能力的に不可能ではないと私は見ています。
「インターネットには問題点が多すぎる」
センサーメーカーなどがセンサーを設置し、付加価値を付けたデータをどうビジネスに結び付けるか。三品先生は、著作の中で「センサーネット構想」を提唱しています。
三品:センサーネット構想は、その付加価値の高いデータを、信頼性の高いネットワークである「センサーネット」を介してデータセンターに蓄積し、そのデータでサービスを展開しようとする事業者だけが有料で接続できる仕組みです。特定の会員だけが接続する環境が信頼性を担保するのです。
既存のインターネット網ではなく、新たな通信網を構築するということですか。
三品:インターネットには問題点が多すぎます。セキュリティーやプライバシーの問題や、悪意あるユーザーを排除できない問題。センサーから得たデータの信頼性を上げるためには、インターネットとは物理的に切り離された通信網のほうが良いだろうと考えています。
センサーネットにデータをアップするのは国内だけで数百社になるでしょう。そのデータを利用する企業はベンチャーを中心とする数千~数万社になるはずです。データを自由に買うことができるので、その組み合わせとアイデア次第で新しいサービスが次々に生まれる環境ができ上がります。
壮大な構想ですが、実現するに当たってのキーポイントは。
データセンターなどを物理的に整備しなければなりません。個人的には、国などの第三者が構築すべきだと考えています。特定の企業ではなく中立的な機関が主導することで、多くの企業が利用できる環境になるでしょう。
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