数日して、それを誠実に指摘する。いつもならば翌日には気を取り直して戻ってくる彼から、追加の報告が聞こえなくなっていった。本当に、何かあったのだろうか? はっきりとした理由が見えぬまま、2週間が経過した。

 どんなに仕事でミスをしても、彼は月曜には気を取り直して戻ってくる。仕事に粘り強さがある日本人。週末になると、趣味のバイクで気持ちを入れ替えているようだった。そんなカムバックを期待して月曜を迎えた僕だったが、オフィスにふらふらと現れた彼は、肩を落として、血色は悪く、いつもとはまるで別人のようだった。廃人とは言わない、だがしかし、明らかに彼の表情からは、精気が抜け落ちていたのだ。

 経営者としての未熟さを残した僕には、悲しいかな腹立たしさが先に立った。仕事でちょっとミスしたぐらいで、何もこんな暗い顔をして会社に来なくたっていいだろう。ベンチャーはすなわちチームワークなのだ。僕なら仕事でどんなに辛いことがあっても、月曜の朝には目線をいま一度高くして会社に出社するだろうに、と。

 しかし一方で、彼に何かがあったのかも知れない。こうした状況下では、きちんと話をしてみなければ、何も分からないことも事実なのだ。まずは彼の目の前に座って、とことん話を聞いてみようじゃないか。そんな風に思った。

熊本の高齢の両親の願い

 「どうした、月曜からそんなに暗い顔して。まあいい。コーヒーでも飲みに行こう」

 オフィスからほど近いスターバックスまでゆっくりと歩く道すがら、「何かあったのか?」と問う僕に、彼は言葉少なだった。もしかしたら、アメリカで働くプレッシャーに押し潰されてしまったのだろうか? そんな風に思っていた。速い球、遅い球、上下左右、彼に向けて色んな種類の球を投げても、そこにキャッチャーとして球を受ける彼はいないようだった。

 仕方なく、僕は自分でボールを拾いにいき、また投げてみる。しかし、会話が成立しないのだ。店員さんからコーヒーのブラックを2つを受け取ると、店の外に並ぶ椅子を促し、腰掛けた。

 「なあ、教えてくれ、何があったんだ?」

 何度か話を振ると、彼は申し訳なさそうな素振りを見せながら、一語一語、絞り出すように話を始めた。

 「前回の日本出張の際、週末の時間を見つけて熊本の実家に寄ったんです」「そのとき、両親に、日本に帰ってきてくれないかと、言われてしまって…」「うちの両親は高齢でして、私に声をかけた両親の姿が目に焼き付いてしまって…、情けないことに、それから仕事が全く手に付かなくなってしまったんです」

 今年4月に熊本で震災があって以降、実家で暮らす高齢のご両親の話をするたびに、心配そうな表情を見せる彼を見てきた。日を追うごと、それが彼の心のみならず、日本から遥か遠く、アメリカの地に赴任してしまった息子の帰国を待つご両親の心を、少しずつ動かしていったのだろう。

 話を聞けば、この数ヶ月というもの、日増しに大きくなる熊本のご両親への思いを断ち切ることがどうしてもできず、このタイミングで一気に気持ちの整理がつかなくなってしまったとのことだった。

次ページ 帰国の日まで、一緒にコーヒーを