10月19日、借りていた一軒家を追い出された。

 追い出されたというのは、もしかしたら言い過ぎかも知れない。しかし、日本人的な感覚からすれば、追い出されたというのが正直な感想なのだ。

 9月末に、この家の大家からメールが入った。

 「そろそろ契約更新の時期になります。私としてはあなたにずっとこの家を借りていてもらいたいと思っているのですが、一点だけ条件を付けさせてください。家賃を10%上げさせていただきたいのです」

 メールにはこう書いてあったのだ。1953年築。表面だけ白く新しくペンキを塗ってはあるが、日本人的な感覚からすればボロボロの一軒家だ。入居してからというもの、エアコンが壊れているせいで、冬は毎日凍える夜を過ごし、シャワーを浴びようにも、30秒待たなければ水がお湯に変わらない家(正確には、30秒待っていったんお湯が出るのだが、お湯が出始めてから10秒後になぜかまたそれが水になり、そこからさらに20秒待つと今度は長めにお湯が出るという、実に1分間のサイクルを、毎日毎日繰り返すというものだった)。風呂の排水栓は壊れてお湯は貯まらず、トイレの配管は壊れ、たびたび水が逆流してくる家。建て付けが悪くていくつかのドアは閉まらず、1週間にいっぺん、安物のブラインドの一部が外れて落っこちてくる家。

 その家の家賃を、たった1年で10%上げるだって?

大家は素人投資家。ババ抜きには付き合えません

 この10年、このエリアで家賃が上昇し続けてきたことは僕も知っていた。僕が住むカリフォルニア州メンローパークは、サンフランシスコからサンノゼまで伸びる、サンフランシスコベイエリアと呼ばれる地域の真ん中辺りに位置しているのだが、このあたりは、この10年というもの、ものすごい勢いで不動産価格が上昇してきたのだ。10年にわたって、年間5、6%程度の家賃上昇が続き、完全に不動産バブルの様相を呈してきたものの、昨年あたりを境に、市場がほぼ頭打ちになってきているという情報を見聞きしていたので、10%値上げという強気の交渉には、正直相当な違和感があった。

 僕から大家へはメールで「いや、それは受け入れがたいし、市場の実勢から見ても、10%家賃を上げるというのは、無理だと思いますよ」と返事をして、その後電話をかけて話をした。しかし、色々と話をしてみても、「とにかく家賃を上げたい」「上げなければならない」という先方のある種「思い込み」にも近い気持ちしか伝わってこないので、てんで交渉にならない。

 この大家、要は不動産のプロではないのだ。彼はこちらでも有名なある大企業に勤めるサラリーマンで、毎年上昇を続ける不動産相場を見ているうち、いてもたってもいられず、不動産投資に手を出してしまったようだった。不動産の価格が上がりきった一昨年に、高額の住宅ローンを組んで、この一軒家を購入。実際には毎月受け取る家賃が、毎月の住宅ローン支払い額に満たないことから、日々焦りを抱えていたのだろう。

 話をしていくと、最後には「住宅ローンを返済するために、とにかく家賃を上げてもらう必要があるというのが実情なんだ」と本音が出た。僕は、「それは高額な住宅ローンを組んで不動産に投資をした、あなたの個人的な事情であって、現在の不動産賃貸市場を見る限り、家賃を10%上げられるという客観的状況にない」と彼を諭したが、どうやら大家としても引っ込みがつかないようだ。

 これ以上話をしていても仕方ないので、適正な家賃を維持してくれそうで、大家が経済的に安定している家に移ることにした。2週間で荷物をまとめて、引越しをする。アメリカに来て1年足らず、こんなにすぐに引越しをすることになるとは思わなかった。

 冒頭、追い出されたという言葉を使ったのは、本当にそう思ったからだ。この辺の賃貸不動産は、1年契約が原則で、毎年毎年更新がある。日本では考えられないが、大家が家賃を上げさせて欲しいと言って、それをこちらが断れば、交渉が破談になる結果、1年で家を追い出されてしまう。遥か彼方の日本から来た人間としては、何とも不安定な状況なのだ。10年も続く未曾有の不動産バブルのせいで、巷にはいつ不動産価格が頭打ちになるかとドキドキしながらババ抜きに興じる素人投資家が溢れかえっている。困ったものだ。

さらば、アメリカ最初の“我が家”