旨い寿司を食おう。そして僕の答えを伝えよう

 ほどなく、ラースさんは時間通り19時にお店にやってきた。メールの内容がそこそこシリアスだったこともあり、多少バツの悪そうな顔をしていたものの、相変わらずカリフォルニアの明るい雰囲気を身にまとっているラースさんがそこにいた。

 僕たちは、毎度そうするように、何気ない雑談をたくさんした(時差ボケはあるか? ホテルにはチェックインできたか? 最近見たこの映画は面白かった、などなど)。真面目な話をするには早すぎるし、まずはビールを飲んで、お刺身でも食べよう。大将から、次々と見るからに美しいお刺身が僕たちの目の前に配られた。「加藤さん、なんだかすごいお刺身だな。こんなの見たことないよ」。ラースさんも楽しそうだ(とは言いつつも、よく考えたらラースさんはアメリカ人だから、こうやって生モノが連発されるのは、もしかしたら苦手だったかも知れないということに、後で気づいた。とはいえ、美味しい美味しいと言って、全部たいらげていたから、大丈夫だったのかも知れない)。

共同創業者のラースさんと銀座の寿司屋にて

 しばらくすると僕は自然と切り出した。

 「ラースさん、今朝もらったメールのことだけど、答えは……NOだ。つまり、ラースさんが取締役を降りることを、僕は認めない」

 「創業者ってのはさ、途中で疲れることもある、自分が始めたことに飽きるときもある。もちろん。それで良いんだよ。環境も変わった。フラクタはアメリカの会社だけれど、日本の色がやや強くなった。ただね、それが何であれ、創業者ってのは、そこにいなきゃいけない。みんなから見えていなきゃいけない。毎日会社に来て、会社が大きくなる姿を眺めていかなきゃいけない。取締役として、ラースさんは取締役会にも参加し続けるんだよ」

 「多くの創業者が、会社が半分も売却されてしまうと、だんだんとフェードアウトしてしまう。しかしさ、僕たちは、フラクタは、まだ終わってないんだ。成長もこれからだし、早いタイミングで栗田工業という大手企業から事業投資のお金が入ったと言ったって、まだまだ先は長いんだ。ラースさんがいなきゃいけない。それはいつも変わらない事実なんだ」

 「たとえばCTOの吉川君は、ラースさんと一緒にコーヒーを飲みたがっているよ。それはただラースさんとコーヒーが飲みたいということで、ラースさんが技術に対して正しい指摘をすることを望んでいるわけじゃない。ラースさんという人間が好きで、皆ラースさんがいるということ、あなたがそこにいるということを期待している。他の従業員だって、ラースさんが出張中は、『今日はラースさんはどこに行きましたか?』って質問する。そう、創業者はそこにいなければならない。僕たちは、皆の太陽にならなければならない」

 「知っての通り、僕は日本人だ。東洋の考え方っていうのはね、西洋、とりわけアメリカとは違う部分がある。創業者は毎日、目に見える形で、会社に貢献し続けなければならない部分はあるだろう。でも、そうじゃない部分もある。そこにいるということ、僕はそういう価値って、あると思うんだよ」

 「僕が言いたいことはそれだけだ。ラースさんからもらったメールは破棄するよ。弱気になったら負けだ。僕が言いたいことは、『カモン、ラースさん、もう一回、情熱と熱狂でフラクタを満たしてくれ』。そういうことだよ」

 ラースさんというのは、勘の良い人、1を言えば100分かる人だ。やや下を向いて話を聞いていたラースさんは、すっと顔を上げ、全く困った男だなといった表情をしながら、にっこり笑った。

 「加藤さん、分かったよ。了解だ。加藤さんがそう言ってくれるなら、こちらももう一回頑張るよ。取締役会の中に日本人が増える中で、自分がどんな価値を提供できるのか分からない。ただ、そうだな、先は長い。やるしかないな」

 ラースさんの表情には、穏やかな情熱が戻っているように見えた。僕たちはお腹いっぱいお寿司を食べると、次の日の展示会までしばし睡眠を取ろうと、宿泊先のホテルに向かった。

ごちそうさまでした