「夢のようなシナリオ」は僕たちなら実現できる
最強のサポーターたちと「小さき6000社の味方」へ
9月8日、フラクタとして初の資金調達となるシリーズA優先株式による資金調達に関して、僕たちの顧問を務めてくれている弁護士事務所であるモーガン・ルイスのオフィス(パロ・アルトという、レッドウッドシティの近くにある街にある)まで赴き、全ての必要書類にサインをした。テーブルの上にものすごい数の分厚い契約書が並べられ、その一つひとつにサインをしていくのだが、これから始まるもっと大きなゲームに参加する喜びと緊張に、僕は思わず、武者震いした。
1年半ごとの審判と覚悟
以前も書いたかも知れないが、ベンチャー企業(スタートアップ)というものは、だいたい1年半に一回ずつベンチャーキャピタルと呼ばれる外部の投資家から資金を調達して、創業初期の人件費や家賃の支払いによる赤字(=売上マイナス経費が0より小さい状態にあること)、はたまた事業拡大期の生産や広告などに対する先行投資による赤字を乗り越えていく。
市場の探索とビジネス・アイデアの発掘、製品やサービスの開発とその市場テスト、ビジネスモデルを組み立てた上での販売拡大、いくつかの販売チャネルの整理と利益の最大化、といったいくつかのフェーズに分けてベンチャー企業はビジネスを進めていくのだが、この一つひとつの時期をだいたい1年半くらいに整えて、1年半ごとに必要な資金を賄うために、シリーズA、シリーズB、シリーズC、シリーズD・・・という風に、分割して資金を調達していくのだ。
こうして1年半ごとの各シリーズが進んでいく中で、およそ想定されたマイルストーン(事業上のターゲット)が達成されなければ、次のシリーズでお金を投資する人がいなくなり、その会社はそこでやむなく事業を停止する(つまり倒産だ)という仕組みだ。
なぜ最初に巨額の資金調達を行わず、こうして分割して資金を調達するのかというと、それは投資家側から見れば、資金を何回かに分割することで、まとめて一気にお金を失うリスクを低減することができるということになるし、一方で起業家側から見れば、段階的に資金を調達することによって、事業が進展しているのであれば、その時々、仮想的に株価を上げながら調達をすることができる結果、自分の持株比率の希薄化を抑えることができるという相互利益があるためだ(この辺りの話を一度に分かりやすく理解したければ、僕が以前書いた『未来を切り拓くための5ステップ: 起業を目指す君たちへ』(新潮社刊)が分かりやすいので、是非読んでみて欲しい)。
資金調達という言葉を使うとややこしいが、要は自分の会社の株式を投資家に売ること(株券を渡して、その代わりに現金をもらうこと)が資金調達ということになり、1回ごとの資金調達では、およそ会社の5分の1(20%)から4分の1(25%)の株式(会社の所有権)を投資家サイドに譲り渡すことになると考えておくのが分かりやすいだろう。
僕たちはMBOを行ったときに1回目の資金調達を行ったのだが、フラクタという会社になって独立してからは、初めての資金調達を行ったことになる。シリーズAで約4.5億円の調達を予定し、このうち約3.5億円が既に集まった計算だ。11月末まで、他の投資家を含めてもう少し集めようと思っている。
最強の弁護士、ナンシー山口さん
さて、MBOからこの資金調達まで、僕たちを影でずっとずっと支え続けてくれた弁護士がいる。モーガン・ルイスのパートナー(共同経営者と訳せば良いのか、とにかく偉いポジションである)、ナンシー山口さんだ。
アメリカで資金調達やM&Aなどのファイナンス行為を行う場合、弁護士の助けを借りずにこれを行うことは、事実上不可能だ。日本とは違って契約書が膨大なページ数にのぼる上、訴訟社会ということもあって、弁護士に対してフィー(報酬)を支払ってもなお、リスクの低減や実務上の負荷低減というベネフィットがこれを「必ず」上回る。
ナンシーさんは、僕がシリコンバレーで最も尊敬する、そして最も頼りにしている弁護士で、フラクタが生まれる前から、ずっと僕のことを陰に陽に支えてくれた。ナンシーさんは、名門ハーバード大学大学院を卒業し、シリコンバレーの名門弁護士事務所で修業を積んだ、テクノロジーとファイナンスに極めて強い、最強の弁護士と言っていいだろう。6歳の時にお父様のお仕事の都合で渡米。以来ずっとアメリカで、日本人として、苦労しながらここまで上り詰めた(その頃の話も含めてNIKKEI STYLEで取材された記事があるので、一度読んでみて欲しい[米シリコンバレーで活躍するナンシー・ヤマグチ弁護士に聞く(1)、(2)、(3)、(4)]。こういう日本人がいてくれることに、きっと多くの日本人が勇気づけられるはずだ)。
日本人の心を持って(当たり前だが、日本語は完璧だ)、アメリカで戦う弁護士であるナンシーさんは、まさに日本人がシリコンバレーというメジャーリーグで戦うために不可欠な存在だと思う。ナンシーさんに出会ったことが、僕の大胆な冒険を可能にしたと言っても、過言ではないだろう。それくらい、日本から遥か彼方、この地アメリカで素晴らしい弁護士を見つけることは、本当に難しい。
ナンシーさんの価値は、単に才能や経験ということだけではなく、彼女の燃えるような情熱、そしてその生命の全てをかけてクライアントの可能性の扉を開こうとしてくれる、ひたむきさにあると言いたい。ナンシーさんは日本からアメリカで挑戦する人たちを応援したいと心から思ってくれているはずだ。めちゃくちゃに忙しい人だが、これから多くの挑戦する日本人がナンシーさんと出会えることを、僕は期待している。
ナンシー山口弁護士、これからもよろしくお願いします
10月2日、朝4時前に起きると、明け方のタクシーに乗ってサンフランシスコ国際空港に向かった。7時ちょうど出発のシカゴ便に乗り込んで、シカゴで行われる展示会で人に会うためだ。
5時半にはセキュリティー・ゲートを抜け、空港内のカフェでラースさんと落ち合うと、朝ごはんに「フレンチトースト」を頼んで、コーヒーをがぶ飲みした。
「やあ、おはよう加藤さん。調子はどうだい?」。朝から明るいいつものラースさんがそこにいる。今日はなんだか仕立ての良いジャケットなんか着て、少しおめかししているが、雰囲気は自由そのもので、相変わらずカリフォルニアの陽気さを体現している。
僕たちはシカゴで、多くのミーティングを予定していた。水道業界の展示会そのものに興味があるというよりも、そこに来ている企業のエグゼクティブたちと次々にミーティングをセットして、事業を一歩でも前に進めることを望んでいたのだ。
4時間以上飛行機に乗って、時差+2時間のシカゴ・オヘア空港に到着すると、僕たちはタクシーでホテルに向かい、荷物を下ろした。すぐさま展示会に向かい、たくさんの人たちと話をする。実際に各企業のエグゼクティブとアポイントメントを取っているのは翌日で、この日はその予行演習とばかり、気になる企業のブースを回っては、情報交換に努めた。
ステーキで祝おう、歩きながら語ろう
展示会が夕方5時くらいに終わると、ラースさんが「加藤さん、そういえば、そろそろ誕生日だろう。夕飯を食べに行こう。ホテルの近くにステーキハウスがあるはずだ」と言って、ステーキハウスに連れて行ってくれた。僕の誕生日はラースさんと1日違いなので、去年もこうして誕生日にかこつけてお酒を飲んだ記憶があるのだが、僕たちはホテル近くのお店でステーキを食べながらビールで乾杯し、お互いの誕生日を祝った。
お店を出ると、腹ごなしだと言って、五大湖の一つであるミシガン湖のほとりまで長時間のウォーキングをした。1時間半くらい歩いただろうか、ラースさんと色んな話をした。きっとフラクタは大きくなるだろうから、来年あたりに東海岸にオフィスが必要になるかも知れないとか、シカゴ大学は、シカゴでも犯罪が極めて多い南部エリアに所在していることから、全米で一番学内の警備が厳しいとか、そんな、他愛もない話だが、いつもと変わらず2人で熱烈に話しまくった。
翌朝7時半にホテルのロビーで待ち合わせると、朝食を済ませ、近くのスターバックスでコーヒーを飲んだ。今日いったい誰と何の話をする予定なのかを順番にチェックして、展示会の会場に向かう。
「夢のようなシナリオ」は突然に
9時からその日最初のミーティングが設定されていた。こちらは前回の記事で書いた東海岸にある世界最大の民営水道会社のエグゼクティブとのミーティングだ。先方のブース脇のミーティングスペースで話を始めてしばらくすると、先方から思いもよらない話が飛び込んできた。
「たとえば、我々にとって夢のようなシナリオがどういうものか、まずここから話を始めさせてもらえませんか?」
「フラクタさんのソフトウェアを使って、こういう情報を提供できませんか?」
「もしできるならば、私たちが取引のある6000社の水道会社に、フラクタさんの製品を導入したいと思っています」
先方は「夢のようなシナリオ」と言っているものの、僕たちの技術力をもってすれば、これをコンピューターの力で実現できることはほぼ間違いなさそうだった。待てよ、これはものすごく良い話だぞ。僕はそう直感した。その後も、僕は先方の話に食らいついていき、どうやってそうした2社間のパートーナーシップ(提携関係)を形成するか、話を詰めていった。そう、僕たちは小さな会社であり、販売パートナーを見つけるために、わざわざシカゴまでやって来たのだ。このミーティングは僕たちにとって大きな収穫だった。
今後の進め方について話をすると、僕たちは先方のブースを後にした。しばらく早足で歩き、場所を変えると、僕とラースさんは立ち止まって顔を合わせた。
「ラースさん、どうしよう、大変だ。6000社だって!」
「加藤さん、ああ、6000社だ。聞き間違いじゃないぞ!」
「とりあえず、コーヒーを飲んで落ち着こう」
こんな感じだった。展示会内のスターバックスでコーヒーを調達すると、僕とラースさんは近くの椅子に座って、テーブルの上に広げた紙ナプキンの裏に、どうやって6000社にソフトウェア製品と関連サービスを販売するかについての簡単な販売チャネルと価格に関する戦略を書いて整理した。9月後半から、僕たちは社内で製品の価格に関するディスカッションを重ねてきた。いったいいくらで製品を売ることが正しいのだろうか? そのディスカッションの内容と、世界最大の民営水道会社が「夢のようなシナリオ」として話した概ねの販売価格帯がぴったりと一致していたことに、僕たちは歓喜した。
その後も、僕たちは精力的に販売パートナーになりそうな大きな水道関連会社のエグゼクティブとのミーティングをこなしていき、僕は夕方にシカゴのオヘア空港からサンフランシスコに帰っていった(ラースさんはその翌日も、営業活動のためにシカゴに残ったのだ)。
10月10日、以前この記事でも紹介したことのある、デーブさんの会社Lightのサンフランシスコ・オフィスを訪問した。フラクタの事業を一気に軌道に乗せるべく、デーブさんに以前から社外取締役への就任を要請しており、その話を一気に進めようと、アポイントメントを取ってあったのだ。
デーブ社外取締役を迎え、小さき者の味方として
デーブさんは黒のポロシャツに身を包み、相変わらず気さくだが実にしっかりとした印象で、まさにシリコンバレーで大きな成功を手にした一騎当千の志士といった雰囲気を漂わせていた。ラースさんと一緒に訪問をしたものの、せっかくの機会なので、僕が1時間近くデーブさんと突っ込んで話をした。
僕たちフラクタは、どんな市場を対象に、どんな製品を売ろうとしているのか? 競争相手はどんな会社で、なぜ僕たちがそれに勝ち続けられると言い切れるのか? 現在のチームのメンバーはどんな人たちで、今後どのような人たちを雇う必要があると思っているか? そして、会社のビジョン、僕のビジョンは何か?
そんなことを1時間近く話すと、デーブさんが「素晴らしいじゃないか、加藤さん。分かった。光栄な話だ。フラクタの社外取締役になって、後押しするよ」と言ってくれた。
この前の週に、Lightは米Wall Street Journal電子版のトップに記事が掲載され、今まさに飛び立とうとするところにあった。そんな状況下、デーブさんはもちろん忙しいに違いなく、しかし、僕たちの会社に可能性を見出してくれたことに、僕は心から感謝した。
今年の1月には、同じくデーブさんが社外取締役を務めていたカナダのAI企業MaluubaがMicrosoft社に買収されたばかりだ。デーブさんは自分が創業したVlingoを(Nuance Communications社に対して)M&Aで売却したが、このVlingoで開発された音声認識・自然言語処理技術が、iPhoneに搭載された最初のSiriになったという歴史を持つ。社外取締役への就任は11月だが、デーブさんが仲間に入ってくれれば、フラクタは次のステージまで一気に行けるはずだ。僕とラースさんは、帰り道、興奮しながらもそんな話をしていた。
その翌日、そういえばデーブさんのところでビジョンについて聞かれたけれど、「ビジョン」という言葉には適切な日本語訳が無いことと、まあそういった概念自体が日本になさそうなので、このあたりを話しておこうと、ラースさん他のメンバーと話した。
僕たちフラクタは、アメリカの水道産業にとって、極めて良いことをやっている良い会社であることは間違いないのだが、どこが良いのかというと、それはいったい何だろう? 産業のリーダーになりたいとか書けば響きは良いけれど、なぜリーダーになりたいのだろうか? そんなことを延々議論していると、誰からともなく、僕たちはある一つの結論に気づいていった。
僕たちは、小さい水道会社の味方なのかも知れない。小さい、もしくは中くらいのサイズの水道会社は、自分たちで上水道配管の交換箇所特定をする部署なんて持っていない。また、それをコンサルティング会社に頼むお金も持っていなかった。でも僕たちは、そんな人たちを助けることができる。なぜなら僕たちはコンピューター企業だからだ。コンピューターが人工知能(機械学習)を使って、別の地域にある大きな水道会社の配管データを解析した経験を使って、小さな水道会社が保有する上水道配管の交換箇所を一瞬で予測する。僕たちは、たくさんお金を取らなくても、これで元が取れるのだ。
これは、コンサルタントにはできない仕事だ。僕たちは、きちんと利益を取りながら、こうした会社を助けることができる。コンピューターの力を使って、最高レベルの資産管理手法(たとえば、どこの配管を交換するのが最も効率的か)を、大中小、全ての水道会社の手に行き渡らせることができるのだ。僕たちは、やがて気づいた自らの価値、自分たちのビジョンに、ただただ興奮していた。
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前回も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。
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