話はしばらく前に遡る。8月14日、僕のメールアドレスに、見知らぬ送り主から一通のメールが飛び込んできた。

 「私たちの会社のCEOは水道業界のイノベーションに大変興味があり、あなたたちフラクタに会いたいと言っています。近く私たちのCEOが西海岸を訪問する際、フラクタのイノベーション・センターなどを見学させていただくことは可能でしょうか?」

 見れば、フランスに本社を構える世界最大の民営水道会社の北米オフィスからのEメールだった。

 「ラースさん、なんかこんなメールが来てる」。僕はラースさんにすぐ話をした。「おお、加藤さん、なんだすごいじゃないか!」。オフィスがにわかにザワつきはじめ、チームはこのメールの件で大盛り上がりだ。

 「でも、向こうは、僕たちのイノベーション・センターを見学したいって言ってる。そんなの無いんだけどな…」
 「大丈夫だ、加藤さん。そこは正直に、少人数でやっています、この1台のコンピューターがイノベーション・センターですって言えば良いんだ」

我らがイノベーションセンターは、こちらになります

 そんなこんなで、僕たちは彼らと電話会議を持つことになり、話はあれよあれよと進んでいった。結果として、なんと3週間後に東海岸の本社で行われる、その会社のイノベーシ・カンファレンスという社内の上層部が50人も集まる会議で、1時間のプレゼンテーションを行う機会を得たのだ。

 「フランスの会社っていうのは格式が高いから、スーツにネクタイで行かなきゃいけないんじゃないか?」。ラースさんが気を遣って、僕やマティーに事前にドレスコードについて話をする。

 「どうしよう、あまりにもジーンズでばかり生活しすぎて、スーツなんて家にあったかな」
 「うちにはすごい仕立ての良いスーツがあったはずだ。でも何年も着てないからなあ。入るかな」

 そんなことでも笑って盛り上がれる、本当に良いチームだ。

つかまえろ、売り込め、そしてウィーーン

 さて、9月7日に話を戻そう。ラースさんとマティーと打ち合わせを終えると、僕たちは車で先方の大きなオフィスに向かった。プレゼンテーションは午後1時15分から1時間の予定だが、僕たちはその前のランチに合流して良いと連絡を受けていた。受付を済ませ、50人の参加者の立食形式のランチに潜り込むと、僕たちは一目散にこの会社のCEOと話をしようと向かっていった。僕とラースさんでCEOをつかまえると、一緒にランチを食べようと話をして、ひたすら自分の会社を売り込みまくった。

 「僕たちは御社の水道配管への更新投資を数十%も削減することができます。水道業界で起こっている大きなイノベーションには2種類あると思いますが、そのうちの1つが、僕たちが行っている配管の劣化予測なのです。しかし、御社がこうした潮流に乗り遅れないためには、トップレベルのコミットメントが必要なのです。つまり僕は、あなたのコミットメントが欲しいと言っているのです」

 僕もここぞとばかりにまくし立てる。恥ずかしがっている暇など一瞬もない。この瞬間が勝負なのだから。先方のCEOと40分にもわたって議論を繰り広げると、このCEOは僕たちのことが気に入ってくれたのか、現場の責任者を次々と紹介してくれた。

 プレゼンテーションが始まると、僕がイントロを務めて、ラースさん、そしてマティーへとバトンを繋いでいく。いつものパターンだ。

 事件が起こったのは、ラースさんの話が終わり、マティーが話し始めたその時だった。