写真左は今日も笑顔のラースさん。その隣の新メンバー、アイリーンも笑顔。結局、みんな笑顔

 一夜明けて、オフサイトミーティング二日目。朝8時半になると、僕たちが待ちに待ったメンバーが朝食に合流した。彼女の名前はアイリーン。スタンフォード大学で生物学の博士号を取得して、僕たちの会社にジョインしてくれた秀才だ。3歳のときに親の仕事でアフリカはナイジェリアから、遥かこの地にやってきた。人の気持ちに共感することができる素晴らしいコミュニケーション能力を持った彼女は、製品マーケティングを担当してくれることになっていた。

 この二日目は、アイリーンを迎え、海辺の貸し会議室を借り切って、朝から夕方6時まで、ランチタイムを除いてぶっ続けでチームで今後の方針について議論を交わした。

 僕たちフラクタが解決しなければならない課題は何か? それをどうやって製品やサービスの形で解決するべきなのか? こうしたことに皆が一人ひとり意見を出しながら、それを取り纏めていく。アイリーンにとっては、出社一日目でずいぶんと多くのことを議論して、消化不良にならなければ良いなと心配したが、この秀才にとってそれは杞憂に終わったようだ。良いオリエンテーションになったと、アイリーンも喜んでくれ、僕はホッとした。サンタクルーズの夕陽を背に、僕たちは帰路へとついた。

サラダボウルに映える、緑

 アイリーンもそうだが、僕たちのチームは、アメリカはカリフォルニア、サンフランシスコ・ベイエリア(通称シリコンバレー)に集まってきた変わり者たちの集まりだ。皆元々は他の国からこの地に移り住んだ移民なのだ。チームの中で、アメリカで生まれたのはフーリオ一人だけ。このフーリオも、一世代遡ればメキシコからの移民だ。アメリカ、特にカリフォルニア州は人種のサラダボウルと呼ばれ、多種多様な民族・人種が入り混じっている。ドナルド・トランプ大統領が何を叫ぼうと、アメリカの成長エンジンが移民によって作られていることは紛れもない事実であり、それはこれからも変わらないだろう。

 オフサイトミーティングでも、こうしたチームの多様性の素晴らしさを再認識した僕だったが、このミーティングから帰って間もない8月19日、自宅の郵便受けにある封筒を受け取った。封を切るとアメリカ移民局からの手紙が入っている。

 「アメリカ合衆国へようこそ!」

 この言葉で始まったこの手紙と一緒に、緑色のプラスチック製カードが同封されていた。グリーンカードだ。グリーンカードとは、アメリカの永住権のことを指す通称で、このカードを持っていれば、これ以上ビザを取得しなくても、死ぬまでアメリカに永住していいというものだ。特別な才能を持った人に対して付与されるとされるO-1ビザを取得した後、僕はEB-1というこれまた特別なカテゴリでグリーンカードを申請していた。無事書類審査をパスし、過去の犯罪歴などを調べるバックグラウンド・チェックが終わると、指紋を取って、移民局からグリーンカードが発行される。

 就労ビザの取得とは異なり、グリーンカード取得のプロセスには最低でも1年ほど時間がかかる。2001年の世界同時多発テロ以降、就労ビザやグリーンカードの取得はより困難になり、移民に対して厳しい目を向けるドナルド・トランプが大統領になったことで、さらにこれが困難になった。

 日本からアメリカに渡ってベンチャー企業を起こそうとする人たちに立ちはだかる一つの大きな関門は、就労ビザの取得と言われている。どんなに良いアイデアを持っていようが、ビザが無いことには、まずアメリカに渡らせてもらえないのだ。ビザの有効期限が近づいたり、ビザの種類を変更する必要があるといった状況で落ち着いて仕事をすること、ただでさえストレスフルな意思決定という経営者の仕事をしていくことは大変に骨が折れる。だからこそ、ビザ以上に最も安定的にアメリカへの滞在権利が確保されるグリーンカードの取得が、僕にとってはことのほか嬉しかった。やっとこれで、アメリカ人と本当の意味で肩を並べて仕事ができるぞ、そんな気持ちになった。