
8月も後半に入ると、これまで話し合いを続けてきたサンフランシスコ近郊の水道公社で、僕たちのロボットを投入する予定である、実際の水道配管を見学させてもらう機会を得た。これまで、真新しい試験パイプで実験を繰り返してきたロボットだったが、数十年以上使われている実際の配管に入るとなると、そう簡単にはいかないだろう。
水道配管に関しては、いったん水の流れを止めた状態でその中に入ったとしても、パイプの内部にはまだ水が残っており、ロボットの車輪が滑って進めなくなるかも知れない。また、パイプの内部は経年劣化でデコボコ状になってしまい、これがロボットの進行を妨げてしまうかも知れない。こうしたいくつかの懸念事項があり、それを今さっきまで使用されていたパイプを見て触らせてもらうことで、一つひとつ確認していく必要があったのだ。
地中の水道管に腕を突っ込んで…
経営者としては、それがどんなロボットであれ、実際にロボットを動かす環境が、自分たちが想定しているものと近しいかどうかを確認することは、怖いことでもあった。なぜなら、環境が想定以上に悪いものだった場合、それを克服するため、僕たちはロボットに追加開発を施さなければならないかも知れず、これはすなわちビジネスの進捗が一歩遅れてしまうことを意味するからだ。
8月24日の朝早く、水道配管工事の現場に到着すると、安全対策用のヘルメットとブーツ、蛍光ベスト、ズボンを履いて、水道公社スタッフの人から安全に関するトレーニングを受けた。これが終わると、住宅街の交差点ど真ん中にある、柵で区切られた工事エリアに入れてもらうことができる。


柵の中に入ると、道路のアスファルトの下、トラクターで大きく掘られた穴に近づくことができる。そこから、地中に向かって伸びたハシゴを、ゆっくりと降りていく。さっき習ったばかりの3点支持(両手・両足の4点のうち、常に3点以上がハシゴにかかった状態で移動するということ)を忘れてはいけない。
ハシゴを下り終え、土に足先が到達すると、ずいぶんと長い間経験していなかった、なんだか懐かしいような、とはいえ奇妙な、ぬかるみの感覚を確認した。やがて地中に降りると、そこから見上げる街の景色は、たった2メートルほどしか目線が変わっていないにもかかわらず、視界に大きな変化をもたらしていた。
僕は今、自分たちが暮らしている地面の下、土の中にいるのだ。僕を取り囲むこの土と、たった今止めたばかりの水道配管から伝わる水が合わさって、僕の足元に黄土色のぬかるみを形成している。足に伝わるこの奇妙な感覚は、水と農土が混在する、夏の田んぼに足を踏み入れたときのそれに近いものだった。その昔、農業体験をしたときの思い出が、僕の体によみがえる。両足の自由は制限され、容易に身動きを取ることはできないが、僕の表情には、自然と笑顔が溢れていた。
既に同じ土の中に入っていた現場の作業員の人と握手をすると、ニコニコとしながら色んな質問をしていく。地中に埋められた水道配管、普段はその存在すら忘れられがちなものに対して、並々ならぬ興味・関心を持って質問を繰り返す僕を見て、向こうも何だか楽しそうだ。なんだろうこの感覚は、なんとも楽しくて仕方がないのだ。
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