青空の下で、コーヒーを片手に

 読者の方はお気づきのことと思うが、僕は相変わらずよくコーヒーを飲む。今朝もラースさんと一緒にコーヒーを飲んで、フラクタの営業施策やグローバル展開について、色んな意見を交換した。

 面白いもので、僕の人生を突き動かしてきたものは、いつも「一杯のコーヒー」だった。思えば、高校生の頃から、僕には毎朝一杯のコーヒーを飲む習慣があったように思う(間違いなくこれは母親の影響だ。朝起きると、牛乳と砂糖がたくさん入ったネスカフェ・ゴールドブレンドを毎日飲んでいたことを、今思い出した)。

 ビジネスマンになってからも、いつもいつも、この「一杯のコーヒー」が僕の人生を作ってきた。丸の内オアゾのカフェで、大学の後輩の人生相談に乗ったこともあった(この話は『無敵の仕事術』=文春新書 に書いた)。上野駅構内のカフェで、人生に迷った友人の人生相談に乗ったこともあった。ビジネスの中でも、ドラマが起こるのは、いつもいつも、会議室の中ではなく、むしろ会社の外で、コーヒー片手に誰かと向かい合ったときだったように思う。

 フラクタの歴史も、それこそたくさんの「一杯のコーヒー」たちで彩られてきたのだ。新しいアイデアが生まれるときも、辛い話をするときも、いつもいつも「コーヒーを飲もう」という言葉で全てが始まった。僕は会議室が嫌いだ。先日、ダグやジョエル、ラースさんと幹部ミーティングを開いたときのこと。僕は会議の終わりにこう言った。

 「なんていうのかな、僕はね、会議室が嫌いなんだ。なんだろう、何かの病気にでもかかっているのかな。こうして四方をさ、壁というか、囲いというかに囲われていると、なんかね、自由や、自在さを失う気がするんだよ。“何か良いことを言わなきゃいけない”っていう、脅迫観念みたいなものに付きまとわれてしまうんだ。だからさ、次回は青空の下で、コーヒー片手に会議といこうじゃないか」

 ・・・人生に少し余裕ができたら、東京で小さなコーヒーショップでも経営したい。カリフォルニアの青い空をイメージした店舗で、夢や希望に溢れた人たちが、コーヒー片手にディスカッションをすることができる。なんて素敵なことだろう。それはアルコール文化、つまり居酒屋さんでは表現できない文化なのだ。カリフォルニアに生きていて、日本においてコーヒーショップが社会に果たす役割は、まだ始まったばかりだと、最近思う。でも、まだ当分、僕自身はやれそうもない。

一杯のコーヒーから、次はどんなドラマが生まれるのか。楽しみです


 前回も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。

全米営業ミーティングの最終日にメジャーリーグベースボール、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦を観に行きました。キャップも買ってしまった僕の左がヒロ、右がダグと吉川君。よいリフレッシュになりました