第2回フラクタ全米営業ミーティング。新たなメンバーも加わり、賑やかになりました
7月の後半に入ると、第2回「フラクタ全米営業ミーティング」が開催された(第1回の様子はこちら)。7月24日から26日まで、3日間にわたって、新しく仲間に加わったアメリカの北東電話営業担当のケイティー、南東電話営業担当のブレア、北東営業(直販)担当のケビン、南東営業(直販)担当のトリーシア、南西営業(直販)担当のリアナ、技術営業(プリセールス)担当のポールを迎えて、その他の営業マンたちも全員集めて行われるこの会議に、フラクタの営業・マーケティング担当副社長のダグは全神経を注いでいた。
ダグの営業にかける想いの強さには、いつも胸を打たれてしまう。ちょっと前に、こんな話があった。
7月19日、僕たちはアメリカ東海岸で最も大きな民営水道会社の一つと、電話で交渉を行っていた。ダグは東海岸から電話で入り、僕と製品・技術担当副社長のジョエル、それに加えてCTOの吉川君が電話でこの交渉に参加した。一通りダグのプレゼンテーションが終わると、実際の年間ソフトウェアライセンス販売金額に関する価格交渉に入る。先方は既にパイロット(トライアル)期間を終了しており、このパイロットに対してもきちんとお金を払ってくれた優良企業だ。しかし、このフルバージョンの年間ソフトウェアライセンスに関しては、なかなかこちらが思った金額を払ってくれようとしない。価値は伝わっているはずなのだが、どうしても、人工知能というイメージがもたらす不確かさや、また彼らが自社の中で歴史的に抱えてきた「ソフトウェアに対して払える(払いたい)と思うお金の上限」がチラチラと交渉の中で見え隠れするのだ。
僕は僕で、6月にラスベガスで行われたカンファレンス(展示会)で、先方のトップと1対1で話し合いを持ち、膠着状態を打開しようと努めてきた経緯があるが、こうした一つひとつのアクションすらも、先方の認識をガラリと一変させるには力不足という感があった。水道産業の動きの遅さには慣れてきてはいたものの、こちらもそろそろ「年間契約という形」で、先方との関係性に進展を見たいと思っているのだ。
後に続く者たちの励みとなることを信じて
何度かの押し引きの後、先方が僕たちが思っているよりも、ほんの少し低い価格を提示してきた。僕たちは既に自分たちが妥協できるギリギリラインの価格を提示していたので、僕はこの価格提示(つまり、再度の値下げ交渉だ)に心底がっかりした。僕が直接営業を担当していたならば、もしかすると机をひっくり返していたかも知れないと思うほどだ。
ベンチャー企業は、尊敬されなければならない。リスクを取って、新しい市場を開拓しようとする人たちを、社会は、尊敬しなければならない。それがアメリカという国をアメリカたらしめてきた、世界の勝者たらしめてきた原理原則じゃなかったのか。それともアメリカも東海岸では、西海岸のような、こうした大らかな原理原則が通用しないのか。
そんな中、ダグが相手に対してこう切り出した。
「分かりました。最終的に会社で決裁できるかどうかは、あとでCEOの加藤と二人でしっかりと話をして決めたいと想います。つまり、結論を今日出すことはできません。こちらとしても、御社と一緒に前に進みたいという気持ちを持ってずっと進んできたという経緯があります。私たちベンチャーにとって、時間というものは大変な価値になります。このまま交渉を長引かせるのではなく、価格が低く抑えられたとしても、このタイミングで前に進むことが双方の利益になる理由がたった一つあります。それは、時間軸です。この金額に近い形で決着した場合、どれだけ早いスピードで御社内で決裁ができるでしょうか?」
電話越しに聴くダグの声は、落ち着いてはいるが、幾分苦しそうに見えた。それはそうだろう、ダグの苛烈な性格を考えれば、僕以上に、こうした先方のオファーに対して、やるせない気持ちを抱いているに違いないのだから。しかし、組織の生存を確保するため、長期的な視点に立った際に、テンポよく営業を決めていくことが彼のあとに続く多くのフラクタ営業マンたちの励みになることを信じて、彼はこうした気持ちをグッと飲み込んだに違いない。先方の返答はこうだ。
「もちろんです。この価格レンジに収まるのであれば、1カ月以内には正式な契約に進むことをお約束したいと思います」
色んな見方があるだろう。だが、結論としては、僕にはダグがフィールドの中で、最高のプレーを決めたように見えた。こうしたダグの営業姿勢に、僕は真のリーダーシップを見た気がする。アメリカンフットボールで鍛えた精神力、スポーツマンシップ。戦火の中で、正常な判断能力を失うことなく任務を遂行するタフネス。すごい男がいるもんだ。僕やジョエル、吉川君は、自分たちが正しい営業責任者と働いているということを、この電話交渉に参加して、改めて実感することになった。
ピープルズ・マネーを守るんだ
さて、話を全米営業ミーティングに戻そう。相変わらずダグの力強いイントロダクションで始まったこの営業ミーティングは、僕がフラクタの歴史、会社のビジョンや哲学を語るセッションを経て、具体的なコンテンツに入っていった。「水道産業のあらまし」「製品の紹介」「根幹となる人工知能(技術)の紹介」「営業戦略」「営業で使えるツール類の紹介」「標準契約のあらまし」。こうしたコンテンツの一つひとつを、各責任者が、新任の営業マンたちに向けて、分かりやすく説明していく。
そんな中、真夏の陽光が差し込む会議室の中で、僕は、新しい営業マンたちの初々しさに見惚(みと)れていた。彼女たち、彼らが、人生の中で新しく接することになった、人工知能という技術、ソフトウェア。こうしたことに対して、素直に「すごい!」という表情を示す営業マンたちは、皆フラクタの仲間だし、会社の大切な宝物だ。
新しい物事、新しい技術を世の中に紹介するのは、骨の折れる仕事だ。営業と一口で言っても、最初の最初は、断りのめった打ちに遭うに違いないのだから。しかし、一緒に世界を変えようと彼らに語りかけることは、悪いことではない。こうした希望を持った人たちがやがて、多くの水道会社を説得し、世に生きる市民が払わなければならない水道料金(ほとんど税金だ)の不用意な上昇を抑制し、リーズナブルかつ安定した水道(生活用水)の供給に資することができるのだから。
僕は最近、フラクタの従業員に対してこうやって語りかけることが増えた。
「水道料金、これは市民のお金、People's money(ピープルズ・マネー)だ。税金と一緒さ。上水道配管のどこを更新すれば良いか分からないから、水道料金を上げさせて欲しいという水道会社があるけれど、これは本当に理不尽な話なんだよ。なぜなら僕たちのソフトウェアは、最適な更新箇所を指し示すことができるからだ。水道会社は、フラクタのソフトウェアを使わなければならない。市民のためにだ。フラクタは市民の味方なんだ。僕たちは良いソフトウェアを開発して、ピープルズ・マネーを守るんだよ」
2日目の終わりには、レッドウッドシティのハンバーガー屋さんで、恒例になったフラクタ全員参加の食事会を開催した。皆、ビールやワイン片手に仕事の話、家族の話、趣味の話で盛り上がる。いつも戦場で闘う戦士たちの、つかの間の休息。こうして、3日間の営業ミーティングは、あっという間に幕を閉じた。
せっかちなジョエルがサポートすると…
7月9日、製品と技術担当副社長のジョエルが入社してから、彼はしばらくフラクタの中で起こっていることをよく観察しているようだった。2週間くらい時間をかけてじっくりと観察を行い、その観察結果を自分の過去の経験と照らし合わせる。こうして次にやるべきことのリストを作り、それを淡々と実行していく。それがジョエルのやり方のようだった。そんな活動がちょうど2週間経ったあと、ちょうどフラクタ全米営業ミーティングが行われたのだ。
「この営業ミーティングは、次の製品の方向性を全社に指し示す絶好の機会だ」とジョエルは言った。気が早いこと、この上ない。しかし、僕は自分自身が無類の「せっかち」であるということを自認しているので、このジョエルのせっかちさ加減がとても好きになった。
ジョエルは営業ミーティングで「新製品ビジョン」を発表しようと思っているらしく、コーヒーを片手に、ジョエルと僕は何度もミーティングを持った。そうこうしているうちに、ジョエルがフラクタに参画してしばらく、7月の終わり、8月の始めを迎えるころになると、営業サイドで面白いことが起こるようになった。大手の水道会社が、立て続けに、フラクタの製品を買いたい、試してみたいと言うようになったのだ。
あるカリフォルニア州の大きな水道会社は、ずっと営業活動を続けてきたものの、なかなかソフトウェア購入には「イエス」と言ってくれなかった歴史がある。長い長い営業サイクルに、僕もラースさんも辟易としてきた。一方で、あるアメリカ北東部の大きな水道会社も、昨年からコンタクトを続けているものの、話はいっこうに進まない。入口は良いものの、どうしても途中で話が止まってしまう。
ところが、ここ最近、ジョエルが営業のサポートのために電話会議に出たり、実際の営業に同行するようになると、向こうのほうから「買いたい」と言ってくるのだ。「お金を払います」と。
僕は最初、何が起こっているのか、この現象自体に気づかなかった。営業担当はダグのときもあれば、他の人のこともあったが、急に話が動いたとして、僕は「営業担当が頑張ってくれているんだろう。よしよし」くらいに思っていたのだ。おまけにジョエルとくれば、営業同行から帰ってくると必ず、「加藤さん、フラクタの営業マンは素晴らしい仕事をしているよ。今日一緒に同行して、色々とお客さん候補に質問なんかをさせてもらったんだけれど、反応は上々だ。本当に営業マンたちは良い仕事をしているよ」なんて言うのだから。
何だか分からないけど、ありがとう!
8月10日の金曜日の朝、僕は木曜日の夜中にケンタッキー州への出張から戻ってきたジョエルと立ち話をする機会があった。営業現場で立て続けに3件起こった不思議な現象(これまでテコでも動かなかった水道会社が、ジョエルが営業活動に参加したとたん、向こうから「お金を払いたい」と言ってきたこと)について、ジョエルと色んな角度から話していると、僕は自然とあることに気がついた。これはもしかしたら、ジョエルという人間がもたらした奇跡なんじゃないか。
「ジョエル、何かがジョエルの周りで起こっている。僕はそれに気づきつつあるよ。◯◯(水道会社の名前)も、□□(水道会社の名前)も、△△(水道会社の名前)も、よく考えれば、ジョエルが会議に参加する前は、今後の営業成約は絶望的だったと思う。でも、何かが起こったんだ。機械学習と製品開発をよく理解したジョエルという人間が、お客さんにとっての安心材料、保険にでもなっているかのようだ。僕を含めた、テクノロジー好きの“ガキ”が出ていって騒いでも、向こう(水道会社)は納得しなかった。ところが見てくれ、ジョエルが参加したとたんに『ソフトウェアを買いたい』だって。ジョエル、素晴らしいよ。何だか分からないけど、ありがとう!」
僕は早速、毎週金曜日に行われている全社会議の場で、このジョエルが参加してから起こった不思議な現象について、説明を試みた。
「今日はみんなに一つ聞いて欲しいことがある。ジョエルが入社してから、とても不思議なことが起こっている気がする。社長である僕自身も、まだ必ずしも上手く捉えきれていないことだけれど、ジョエルが参加した◯◯のミーティング、□□のミーティング、△△のミーティングについて、こうした水道会社たちが、急にソフトウェアを買いたいと言ってきたことには、共通の理由がある気がするんだ。
これをBreakthrough Phenomenon(ブレークスルー現象:何かが急に好転したときに起こる奇妙な現象)と呼ぶことにしよう。兎にも角にも、この現象が起こっている。僕は、それが、ジョエルの経験やプレゼンテーション方法、はたまたキャリアの長さから来る安定感のようなものが、お客さんの意思に影響を与えたと思っているけれど、その実は分からない。ただ、上手くいっているという事実が大切で、おそらくそれはジョエルという人間の存在に起因している。これからは、重要な営業についてはジョエルに同席してもらうなりして、この現象を拡大発展させていきたいと思っている。その因果関係が今は捉えられなくとも、それが現実に起こっている限り、経営上はこうした現象を見過ごさないようにすることが、経営者の仕事だと思うんだ」。
写真撮りますよの声に、ネット参加のメンバーも一緒にパチリ
青空の下で、コーヒーを片手に
読者の方はお気づきのことと思うが、僕は相変わらずよくコーヒーを飲む。今朝もラースさんと一緒にコーヒーを飲んで、フラクタの営業施策やグローバル展開について、色んな意見を交換した。
面白いもので、僕の人生を突き動かしてきたものは、いつも「一杯のコーヒー」だった。思えば、高校生の頃から、僕には毎朝一杯のコーヒーを飲む習慣があったように思う(間違いなくこれは母親の影響だ。朝起きると、牛乳と砂糖がたくさん入ったネスカフェ・ゴールドブレンドを毎日飲んでいたことを、今思い出した)。
ビジネスマンになってからも、いつもいつも、この「一杯のコーヒー」が僕の人生を作ってきた。丸の内オアゾのカフェで、大学の後輩の人生相談に乗ったこともあった(この話は『無敵の仕事術』=文春新書 に書いた)。上野駅構内のカフェで、人生に迷った友人の人生相談に乗ったこともあった。ビジネスの中でも、ドラマが起こるのは、いつもいつも、会議室の中ではなく、むしろ会社の外で、コーヒー片手に誰かと向かい合ったときだったように思う。
フラクタの歴史も、それこそたくさんの「一杯のコーヒー」たちで彩られてきたのだ。新しいアイデアが生まれるときも、辛い話をするときも、いつもいつも「コーヒーを飲もう」という言葉で全てが始まった。僕は会議室が嫌いだ。先日、ダグやジョエル、ラースさんと幹部ミーティングを開いたときのこと。僕は会議の終わりにこう言った。
「なんていうのかな、僕はね、会議室が嫌いなんだ。なんだろう、何かの病気にでもかかっているのかな。こうして四方をさ、壁というか、囲いというかに囲われていると、なんかね、自由や、自在さを失う気がするんだよ。“何か良いことを言わなきゃいけない”っていう、脅迫観念みたいなものに付きまとわれてしまうんだ。だからさ、次回は青空の下で、コーヒー片手に会議といこうじゃないか」
・・・人生に少し余裕ができたら、東京で小さなコーヒーショップでも経営したい。カリフォルニアの青い空をイメージした店舗で、夢や希望に溢れた人たちが、コーヒー片手にディスカッションをすることができる。なんて素敵なことだろう。それはアルコール文化、つまり居酒屋さんでは表現できない文化なのだ。カリフォルニアに生きていて、日本においてコーヒーショップが社会に果たす役割は、まだ始まったばかりだと、最近思う。でも、まだ当分、僕自身はやれそうもない。
一杯のコーヒーから、次はどんなドラマが生まれるのか。楽しみです
前回も、色々な読者の方から応援のメッセージをいただいた。本当に嬉しい限りだ。読者の方々からの応援メッセージには、全てに目を通すようにしている。応援メッセージなどは、この記事のコメント欄に送ってもらえれば、とても嬉しい。公開・非公開の指定にかかわらず、目を通します。
全米営業ミーティングの最終日にメジャーリーグベースボール、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦を観に行きました。キャップも買ってしまった僕の左がヒロ、右がダグと吉川君。よいリフレッシュになりました
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